ピンポーンと間の抜けたチャイム音が鳴り続けているのは、入り口で子どもが出たり入ったりを繰り返しているからで、フロアに顔を向けて立っている制服を着た店員は、もう振り向くことすらせず曖昧な表情を浮かべ、ここではないどこかのことを考えているようだった。入り口で遊ぶ子の親は、わたしたちの座る窓ぎわと反対側の奥にあるソファ席で眠っている。赤いTシャツを着た父親らしき男性は腕組みして帽子を顔に乗せていたし、白っぽい服をきた母親らしき女性は机に突っ伏していて、その左手は傍らのベビーカーに添えられていた。中にはきっと、赤ん坊が眠っているのだろうと思う。
静かだった。朝7時のファミリーレストランで、わたしたちは時間をつぶしていた。フォークを手に、その傷だらけの銀色を眺める。まっさらなのより、こういうののほうがなんとなくいいよ、眩しくなくてさ、とか思うが口を開くのはためらわれた。言葉を選ぶ代わりに、ホットケーキの残りを口に詰め、コーヒーで流し込んだ。口の中で溶けてくホットケーキは、さっきまで焼きたてのフカフカで、バターのっけただけですいーっととろけるよーな、そんな最高の状態だったわけだけど、すっかりしぼんでしまったこのホットケーキとぬるいコーヒーも、わたしは好きだよと思う。
わざわざそう思うのはいま、いろんなものを好きになってみたい気分だからかもしれない。それでつい「ホットケーキは冷めてもおいしい」などと口走ってみるけれど、口に出したときのその、なんか違う感じと、目の前に座る人の一瞥で、気持ちは簡単にしぼんでしまった。夏の、朝7時のファミリーレストランだった。しかも海沿いの、デニーズだ。ファミレスではデニーズが一番すきだ黄色だから、と思う。アメリカみたいだし、と思う。しかも窓から海が見えるなんて、ここに住みたいくらいにいい。4時くらいに仕事を終えて、その帰りにここへ来て本読んで、次に顔をあげたときにはもう夕暮れ、だったりしたらすてきなのに。でも、月に1回くらいはここで、届いた手紙を読んだりしたい、だから手紙書いてね、とか、
そんなふうに、私が“非”現実的な話をすることで、機嫌を損ねているのはわかっていた。機嫌が悪くなるとぜんぶ無視するからわかりやすいのはよかったけど、返事がないのはかなしかった。窓の外をジッと見てるその顔を、ジッと見る。何考えてるんだろうなと、いつも思っていた。
コーヒーはぬるいをとおりこし、もはや冷たかった。おかわりを頼みたかったが、それはあまりにものんきすぎるような気がしたし、先ほどまでいたはずの店員さんも、見当たらなくなっていた。
トイレいくね、と言って席を立ったときも、やっぱりこっちを見なかったので、なんだか体が重くなったような気がする。
手洗いへ向かう途中、入り口の前で、父親とお揃いの、赤いTシャツを着た男の子と目が合った。自動ドアのあっちとこっちを行ったり来たりしている彼に、「たのしい?」と訊いてみる。すると男の子はおもむろに動きを止め、改めて私の顔を見た。そして、
「ぜんぜん!」と言い放ち、眠ってる親の元にかけていった。その動作で再び、ピンポーン、と間抜けな音が店内に響く。
自動ドアから滑り込んできた生温い潮風が、鳥肌のたった私の腕をべったりとなでた。店内は冷房がきき過ぎていた。通うなら上着もってこなきゃなと、思ったけど、通ったりしないのはわかりきっていた。
→
トイレから出ると、母親に怒られたのか男の子が泣いていた。泣きながらも母親にしがみつこうともがいてるのが、いじらしいと思った。
それからわたしたちはホットケーキを追加注文し、2段重ねの1枚づつを食べ、その間にコーヒーを数杯おかわりした。少しだけうたたねもして、最後には冷房がききすぎていることに悪態をつきながら、店をでる。ピンポーン、が、また鳴る。店内を振り返ると、フロアにいた店員が、レジのところでおおきなあくびをしているのが見えた。つられてわたしもあくびした。前を歩く人もまた、あくびをしているのがわかった。ファミリーレストラン前で、夏の、朝9時だった。