タイムマシン

「匂いには記憶がひも付きやすい」と聞いたことがあるけれど、音楽もまた、そのような記憶再生機であると思う。
数年前、PCの故障でそれまでに取り込んでいた音楽データが取り出せなくなって以降、iPhoneで音楽を聞くにはもっぱらAppleMusicを使っている。使ってみれば思いついたときに、好きなアルバムをダウンロードして聞けるのでとても便利だ。

昨晩、眠るまえにふと思いついてRadioheadのアルバムを数枚ダウンロードした。どれも学生時代から長く聞き込んだアルバムだけれど、古いアルバムについてはここ数年聴いていなかった。
それはおそらく、そこに紐づいている記憶をあまり再生したくない気分だったからだと思う。そしてもう、それも薄れたかと思っていた。
けれど今朝、久しぶりに「KID A」を聞きながら、思い出された記憶はいまも鮮明だった。

表題曲「KID A」のイントロを聴いたのは、当時バイトしていたCDショップの階段を登ろうとしていたときだった。瞬間、きっとこのアルバムで一番好きな曲になるだろうと思った。皮膚の下に直接触れてくるみたいな音が気持ちよくて、1階でもかけているのに2階でもそのアルバムを再生した。
そして数年後のサマソニ、夜のマリンスタジアムで、その曲が演奏されるのをきいた。打ち込みだし、ボーカルにはエフェクトがかかりまくっているしでライブで演奏されるとは思っていなかったからすごく嬉しくて、会場で出会った、イギリスからきたという女の子の隣で「私この曲好きなんだ」と言おうか迷った。脳内で英訳まではした。けれど演奏を聞き逃したくはないだろうと思って、青い光に照らされた横顔を見るにとどめた。
後日、テレビでその模様が放送されたときは、妹の部屋で見ていたのも覚えている。「これが私の一番好きなバンド」と妹に説明したことも。

毎朝、職場最寄駅からの徒歩5分は、今一番気に入ってる曲を選んでかけることにしている。これはおそらくかつてのバイト先で1曲リピートが禁止されていた名残だ。今も私は好きな曲1曲をリピートできくことを「贅沢」と感じていて、だからその5分間は、テンションを上げるための特別な時間だ。
今朝は「KID A」を選んだ。そうして溢れてきた思い出に流されて今どこを歩いているのか定かでないような気分になりながら、
きっと数年後には、この朝のことも「KID A」に紐づけられた記憶になるのだろうと思った。

レコードやCDという「もの」ではなくダウンロードで音楽を買うということは、私にとってどちらかというと「衝動」に近いような気がする。街中であったり(先日のQueenのように)、布団の中であったり、喫茶店であったり、テレビを見ながら、そこで流れている曲を買うのだったり。
そうやって手元においた音楽に、新たな記憶が蓄積されていくのは面白い。
そうして1曲が、いつかしかるべき記憶へ飛ぶ小さなタイムマシンになるのだ。

Kid A

Kid A

We Will Rock You

「長い年月のあいだ、わしはずっと部屋の窓をあけはなち、世界に求愛していたんだ」
スローターハウス5

日曜日、「ボヘミアン・ラプソディ」を見に行った。
Queenの事は、メンバーの名前と有名な曲と、グレイテストヒッツが英国史上最も売れたアルバムであることを知っているくらいで、それも学生時代にCDショップでバイトをしていて得た知識だったりする。そのくらいの知識でも公開してすぐ見に行こうと思ったのはとにかく「ボヘミアン・ラプソディ」という曲のことが好きだったからだ。

映画はとてもよかった。Queenの楽曲は今も新鮮に感じるような力強さがあったし、伝説のライブをまるで追体験できるかのような作りになっているのもグッときた、帰り道に我慢できずグレイテストヒッツをダウンロードしたおかげでスマホが久々に速度制限に引っかかったりもした(当然だ)。

でも、私がこの映画を見て真っ先に思い出したのは冒頭の、『スローターハウス5』に出てくるギルゴア・トラウトの言葉だった。
映画はドキュメンタリーではないし、フレディが亡くなっている今、どこまでが本当のことなのかはわからない。
けれど彼が70年代のイギリスで、移民であるという自らの出自*1に少なからずコンプレックスや疎外感を抱いていたことは、その改名の遍歴を見ても確かなのだろうしーー同時にのちに自らのセクシュアリティを自認したことでその思いはより強まっていったのではないかーーそして、だからこそ音楽で観客と一体になることに喜びを見出したのではないか。
そう感じたときに、あの言葉を思い出したのだった。
ブライアン・メイが「We Will Rock You」を思いついた瞬間のセリフに「観客が参加できるような曲を」というものがあったけれど、ラストのライブエイドの映像を見ても(そして実際の映像を見ても)、彼らのコンサートは観客と一体化することを目指したしたものであると感じた。あんな美しいコール&レスポンスを私は見たことがない。
そして、そんな風に、観客がその音楽を愛し、それを演奏するバンドが、スターが、観客を求めてくれるということはなんと尊いことなのだろうか。
映画の中盤、自らのセクシュアリティを自認したのをきっかけに、それまで付き合っていた恋人と別れたフレディが彼女が住む家の隣の邸宅に移り住む場面がある。そして、寝室の明かりを点滅させることで、隣家に住む彼女に自らの存在を伝えたりする。
あまりにもささやかで繊細なその仕草は胸に迫る。それが実際にあったことかはわからないけれど、彼女は晩年になるまでフレディの友人であり続けたという話もある。

彼の音楽はその点滅する灯りのように、誰かに自分の存在を伝える、世界に求愛をするために始まったものなのではないか。
そんな風に想像するのはおこがましいことかもしれない。
けれど今も世界中で彼らの音楽に「参加」する人たちがいるということが、ささやかにでも彼の力になっていたらいいなと思うのだ。どんどん、ぱ。

youtu.be

グレイテスト・ヒッツ

グレイテスト・ヒッツ

*1:このことを私は映画を見るまで知らなかった

「若おかみは小学生!」

ラジオ番組*1高坂希太郎監督作品だと知って気になっていたものの、正直、ポスタービジュアルを見た段階では圧倒的に「小学生向け」という印象でした。
けれど、目に入る評判はとてもよかったし、何より高坂監督*2だし…!というわけで、思い切って見に行ってきました。
そしてこれがとっってもよかった!

物語は、事故で両親を亡くした主人公の「おっこ」が、祖母が経営する温泉宿「春の屋」の若おかみとして、宿の仕事を手伝うことになるというお話。
原作は未読ですが、全20巻にもおよぶ長編ということなので、この劇場版はおそらく複数のエピソードを抽出しながら構成されたものなのかな? と思います。
けれど映画は主人公の心の動きを主軸にしていたこともあり、つぎはぎという印象はまったくなく、映画が終わりそうになった瞬間「まだまだこの世界を見ていたい」と思ってしまうような居心地のよい作品でもありました。

特によかったのは、世界のこちらがわとあちらがわを行き来する際におっこがくぐり抜ける「布団」の場面。ほんのすこしこわくて、でも安心する、手触りや温度すら伝わってくるような親密な描写にとてもぐっときました。
登場するキャラクターもみんなよかった。それぞれの動きに特徴があって生き生きとしていて、見ているのが楽しい。
特に好きだったのは宿の客として登場し、おっこの「年上の友人」となる水領さんです。「魔女の宅急便」でいえばウルスラに近い役回りで、何かあることを感じつつも不躾に踏み込んだりはせず、そっと手を添えるような関わり方が素敵でした。
それからおっこのライバルとなる真月ちゃんもめちゃくちゃよかった。言葉で説明しなくても、おっこが次第に彼女を尊敬し、自分も頑張らねばというエネルギーに変えていくのがじわじわと伝わってくる。ライバルって、そういうものだよね…って胸が暑くなりました。

原作は知らなかったのですが「青い鳥文庫」作品だということで、自分が幼い頃に愛読していた「クレヨン王国」シリーズの雰囲気を少し思い出したりもしました。
季節の移り変わりと、主人公の成長が、細やかに描かれていく様子や、主人公だけに見える幽霊や精霊のような存在もいるところが近いのかな。感情移入…というのとも違って、見ているうちに視線だけ、子どもの頃のそれに置き換えられたような感覚になる物語だと思います。
例えばジブリ作品が大人も子どもも楽しめる作品であるように、この「若おかみは小学生!」も、年齢を問わず、見ているうちに引き込まれてしまう作品だったので、気になっている方は映画館でやっているうちにぜひ、と思いました。

茄子 アンダルシアの夏 [Blu-ray]

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茄子 スーツケースの渡り鳥 [Blu-ray]

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*1:アトロクの藤津亮太さんゲストのコーナー

*2:「茄子 アンダルシアの夏」は大好きで繰り返し見ています。アマゾンプライムで配信されているのでぜひ…!

かさぶた


ここの所、少しだけ悩んでいることがある。
それはついかさぶたを剥がしてしまうのに似ている。ふとした拍子に黒歴史を引っ張りだして、悲鳴をあげてみたりするのにも似ている。
なんて書きながら飛び出てきた私の黒歴史その1は、小学2年生のとき「バレンタインにチョコレートを送る文化は日本にしかないらしい」的な日記が担任の気に入り、朝礼で朗読させられたことだ。恥ずかしい。生意気である。すでに根付いている文化風習にはそれなりの価値があると思うし、そこを検討せずに大人から聞きかじったその由来だけを持ちだしてみるなんて本当に恥ずかしいことをしたものだ…と思うけれど、
まあ今となっては小学2年生なので仕方ないか、とも思えるので、そろそろ効力がきれてきたのかもしれない。
ともかく、悩みというものはかさぶたや黒歴史と同じく、面倒だけれど、少しくらいならむしろ生きてる実感を与えてくれるものかもしれなくて、だから忘れたいなんていうのとも違うのだけど、
ただ、この悩みのことが、私は自分でもよくわからないのだ。
身近な友人に相談しようとしたのだが、ぼかしすぎたせいか首をかしげて反応に困ったような顔をしていた。ので、これは説明が難しいぞと思い、今では文鎮のごとく机上に転がしたままでいる。
それは、死角みたいな話なのだ。
それまで見えないことすら気づいていなかったのに、そこに見えていない1角があることに気づいたら最後、途端に気になりだしてしまう。
けれど暗くて、目をこらすのによく見えない。そのうち、どうしてもそこを見たいのか、それとも死角があること自体が気になるのでこちらの立ち位置を変えたいのか、よくわからなくなってきた、というような。
何だかよくわからなくて気持ちが悪い文章だけれど、いつかこれを読み返す頃には、他の方法で生きてる実感を得られているといいなと思う。黒歴史のストックならまだまだある。

台風の日曜日

日曜日の朝、推し*1のファンクラブイベントがあるため台風情報を気にしつつ、まだ晴れていたので、折りたたみ傘を持って家を出る。
イベントの開始を待つ参加者の間で「えっ」と声があがり、ざわめきが広がっていく。twitterを開き、それはおそらく「JRが8時までに止まる」というニュースによるものだと理解する。
「でもまあ終わってから考えましょう」
そう言いあい、皆ふたたび推しの登場を待つ体勢に戻る。ファンとはそういう生き物だ。

イベント後、うっすらとした不安ーーのことはすっかり忘れて「めちゃめちゃ、かわいかった〜!」とか言い合いながら外に出ると、幸いまだ雨は降っていなかった。
「こんなときはデパ地下に行くといいって安住さんが言ってた」と渋谷の地下街へ寄り道する。17時頃だったのでまだちらほらだけれど確かに割引がはじまっていて、「でも早く帰れるんだから料理する時間はあるんだよね」「そういや肉解凍してきたんだった」なんて話しながら、結局ケーキ(割引にはなっていない)だけを買って帰路につく。

まだ夕方の範疇ともいえる時間に帰宅したので、ちょっと時間のかかる料理をしようと思い立ち角煮をつくることにする。「きのう何食べた?」で紹介されていたレシピを試してみたいと思って肉を買っていたのだが、色々と材料が足りず、結局自己流に。他に2、3品作り置きを用意してもまだ外は小雨程度だった。

食事を済ませ、ケーキを食べながら映画「ワン・デイ 23年のラブストーリー」を見る。
自宅で書き物をする際、近頃好んで聴いていたプレイリストに、この映画のサントラが入っていたのだ。見知らぬ誰かが作ったプレイリストで、そこにたどり着いたのも「Her」のサントラを探していたからだったのだけど、
この映画の曲が流れるたびに手を止めタイトルを確認することが続いたので、本編も見てみようと思い立った。こういう動機で映画を見たのはおそらく初めてのことだと思う。

映画を見終わる頃には風がかなり強くなっていた。
窓がガタガタと揺れてうるさい。twitterを見ると「換気扇から風が吹き込んでくる」と書いている人がいたので見に行ってみたけれど、方角の具合もあるのか我が家の換気扇は落ち着いていた。
しかし私は落ち着かず、台所掃除をしてーーやるべきことは他にもいろいろあったのだけど、こんな夜はゾンビ映画を見るくらいしかしたくない、と思い再び机に向かってウォッチリストにいれていた「アイアムアヒーロー」を見はじめる。冒頭の、ドアポストを覗くシーンが猛烈に怖い。窓の外も怖い。時折風が窓ガラスにぶつかってくるような瞬間もあって、もし割れたら今晩はオープンエアで寝なきゃいけないんだよな、やだな、とか思いながら、ゾンビから逃げる大泉洋を見守る。0時をすぎる。

映画を中断して寝る準備をはじめたものの、うるさくて眠れる気がしない。不安になってスマホで窓ガラスの補強法などを検索し、気休めかもしれないが窓にガムテープを貼ってーーふたたび布団にもぐる。やっぱりうるさい。ので、久しぶりにタブレットを出して布団の中で「アイアムアヒーロー」の続きを見ることにした。後半は息もつかせぬ展開で、映画に集中することで外の台風のことを少し忘れることができたような気がする。

病院や学校や新幹線車内など、ゾンビ映画のクライマックスに「限られた空間」が使われるのは定番だ。「アイアムアヒーロー」のクライマックスもショッピングモールで、狭い空間とだだっぴろい空間が共存している感じが絶妙に不安を煽っていた。
窓ガラスが割れて、ゾンビが入ってくるところを想像する。
あまりの強風に建物ごと揺れているような気もしたけど、ゾンビよりはマシだ、と思いながらひたすら目を閉じた。

*1:秋元才加ちゃん