ヒトラー最期の12日間

ichinics2005-08-23

オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督作品
この映画は12年に渡るヒトラー政権の、地下要塞における「最期の12日間」を描いたものだ。だから、この映画の中にいるヒトラーは本当に最期の最期、追いつめられたところにあるヒトラーなので、歴史的な背景を知らずにこの映画を見た人がいたならきっと、何故人々が、あの老人に忠誠を誓っているのか疑問に思うだろうと思う。
映画の中にいるヒトラーは思考停止した老人だ。彼は地下要塞に閉じこもり、外で起きている戦争を見ようともしない。将校たちもヒトラーの言うことなんて信じていないくせに、互いに足を引っ張り合い、ひっこみがつかずにいる。それはきっと、ヒトラーに忠誠を近い、従うという形をとらなければ自らの存在意義すら危ういからなのではないか。全てをヒトラーのせいにして、現実逃避に走る。その象徴として、煙草を吸い、酒を飲むシーンがとても多く、爆撃の中で踊る人々の様子はまさに悪夢のようだった。
しかし、その地下要塞に居る人の中でもっとも現実から顔を背けているのは、やはりヒトラー自身に見える。ヒトラーは対抗しきれない敵国のかわりに、矛先を手の届くところへ向けるのだが、そのやり方がどんどん末端にまで浸透していく様子はまさに悪循環としか言い様が無い。
ほんとに最悪だ。最悪の悪循環ほど怖いものはないと思った。この映画がどこまで事実に即しているのかは解らないけれど、きっと実際にも(映画の中で描かれていたように)ヒトラーを止めようとした人はいたのだろう。しかし、たった1人の老人に抗ったところで何も変わらないのだという無力感と、それならヒトラーに従っていることにしたほうが「ずっと楽」だというあきらめのようなものが、台詞にはされていなくても映画の中には蔓延していた。
アドルフ・ヒトラー政権にまつわる出来事は、人間の起こした最悪のケースとして語り継ぎ、考察し続けなければならないことだろうと思う。でもやっぱりこうして映画で見ると、彼らにもきっと別の人生を選択することは出来たはずなのに、と思わずにいられなかった。
ヒトラー役のブルーノ・ガンツと、最期の最期でヒトラーの妻となるエヴァ役のユリアーネ・ケーラーさんの演技が特に印象に残った。特に、それまで気が狂ったような表情、行動をとり続けていたエヴァが鏡の中で悟りきったような表情を見せるシーンには鳥肌がたった。