醒めるまで

落ちる夢を最近見ないでしょう、それは大人になったからなんだよとあの人はいったけれど、ふうん、と相づちをうつ、私は今朝も落ちる夢をみた。
手すりに捕まりながら、下の暗闇をみないように、息をきらしながら錆びた非常階段をのぼる。手が滑る。手のひらの汗を拭おうと、すっかり鉄臭くなった手を手すりからはなした瞬間、足下が落ちる。目が覚めた私は、ふくらはぎをさすりながら、破傷風のことを考えている。落ちる時、わたしは錆びた破片に触れなかっただろうか。気になって、ふと手のひらを見てみると、そこには傷ひとつなく乾いていて、ああそうかあれは夢だったのかと思う。ただふくらはぎだけが夢を現実のものとして受けとめ、緊張を解くことができないでいる。
足が痛いからもう歩けない、と枕に顔を埋め、落下の感覚を反すうする。落ちるような気もするし、びくともしない気もする。なにしたかったか忘れて、沈みかけた瞬間、名残をおしんでいた眠気が顔をだし、浮力となって漕ぎ出せば、もう階段は遠い。それは大人になったからなんだよ、とあの人がいう、夢を見た。