昔話/コンクリート


あやちゃんと一緒だったから、あれは小学校にあがる前か1年生の頃のことだ。私たちの主な遊び場であった空き地に、家が建つことになった。
私とあやちゃんは隣同士の家に住む同級生の幼なじみで、その空き地はあやちゃんちの向かいにあった。春にはレンゲやクローバーの咲くいい感じの原っぱで、広くはなかったけれど、木の柵を越えれば菜の花畑が広がっていて、その奥には竹やぶまであった。夏にはショウリョウバッタトノサマバッタを追いかけまわし、秋が近付く頃にはコオロギやら鈴虫も捕まえた。一度、偶然に虫取り網にスズメを捕まえてしまったことがあって、飼いたいといったら祖父に怒られなくなく放したことがある。あのときのスズメはさぞかしはらはらしたことだろう。悪いことをした。
そんなふうに、私とあやちゃんは晴れた日にはもっぱら、その空き地で遊んでいた。手先の器用だった(たしか映画の美術さんだった)あやちゃんのお父さんにベンチを作ってもらったり、泥ケーキ作ったり、段ボールで家を建てたり、そこを基地にしておやつや漫画雑誌を持ち込んだり。

そんな空き地に、ある日家が建つことが決まった。空き地は柵で囲われ、両親には立ち入り禁止と告げられた。
そして、着々と基礎工事の進む中、私とあやちゃんは空き地奪還計画を立てた。「あそこは私たちの空き地なんだから」という、見当違いの正義感をふりかざし、その計画は実行にうつされた。
私たちは、学校から帰ると荷物を置いて家を出て、その空き地に忍び込んだのだった。ビニールで覆われた工事現場に工事の人たちはいなかった。たぶん、その日は土台に流し込んだコンクリートが乾くのを待っていたのだろう。


工事の人たちに頭を下げるお父さんを見て、私は自分のしてしまったことの重大さに気付いた。大変なことをしてしまったんだ、という恐ろしさと、空き地はもともと私たちのものじゃなかったし、工事の人たちは私たちではなく、お父さんたちに怒っていたということがなんだか恥ずかしく、自分たちはほんとうに、小さいのだということを知ったような気がした。
そしてコンクリまみれの靴は捨てられ、工事は再開された。

…ということを、先日ビニールハウスでスイカ割りをしてしまった小学生の話を読んで思い出した。今でもあのときの高揚感を思うと恥ずかしくなる。
ただ、なんかうまく言えないけれど、あの時のビニールシート越しの光とか、まだ乾いていないコンクリートの高野豆腐みたいなふみ心地のことは。よく覚えていて、
その後、あやちゃんとは疎遠になってしまったのだけど、いつか話をする機会があれば、あの日のことを覚えているか、聞いてみたいと思った。