432番

健康診断が苦手だ。
更衣室で防御力の低い館内着に着替えなくてはいけないのも嫌だし、緊張する検査が多いので単純に気後れするし、ピンク色の待合室で、揃いの館内着を着た人々とぼんやり呼ばれるのを待っていると、なんだか自分が自分でなくなっていくような気がする。432番。その番号で呼ばれるのはもちろん個人情報保護の観点から見ても正解なのだし、あちこちのドアが開いて各種番号が呼ばれ適切に処理されていくこのシステムには関心する。私はここで働いている自分のことを想像する。そちら側にたてば、432番なんて流れていく水の一滴にすぎないということをイメージする。

それでも、寝台に寝転んで腹部や胸部にゼリーを塗られ、あちこちチェックされているとーーおそらくそこで所見を述べてはいけないという決まりになっているのだろうけれどーーその辺を執拗に見ているのはなぜなのでしょうか、と声をかけたくもなる。しかしこの部屋には、それを許さない雰囲気があり、私はおとなしく寝台に横たわってゼリーを塗られているこの状態の虚無に思いを馳せる。

かつて、たまらず声をあげてしまったことがあった。バリウム検査だ。白いどろっとした液体(軽く300mlはありそう)を手渡され「飲んでください」と言われたものの、2口くらいで限界を感じた。基本は言われたらやらなきゃ…となるタイプなので頑張って5口くらい飲んだがまだ1/3も減っていない。恐れをなして「これって全部飲まなきゃだめですか」と聞いてみる。返事はない。技師はすでにガラス戸の向こうに移動してしまっていて、こちらの声は聞こえないようだ。なんとかアイコンタクトを取ろうと、コップを掲げ、首を傾げてみる。スイッチの入る音がして「早く飲んでくださいね」と声がした。おしまいだ。

だから432番は今日、朝食を食べてきてしまったという愚行を敢えて告白することで、バリウム検査を逃れた。すでに撤退戦なのである。だからせめて、今あるものだけでもこなしていかなくては…と自分を鼓舞してもなお抵抗があるのは婦人科検査だ。
やったことのある人々にはわかると思いますけれど、あの上半身と下半身を切り離したかのような設備もディストピア味があるし(とはいえ医師と顔を合わせたいわけではない)、見守り中の筋腫もあってこわいし、状況を客観的に捉えてみるだけで紙やすりのような心持ちになる。だからせめて「私は自分の意思でこの検査を受けにきたのだ」ということを思い出したいのに、
ドアが開いたり閉じたり番号が呼ばれたりする。もうずいぶん長いこと、ここにいるような気がする。番号を呼ばれた際に素早く行動したからといって、432番の覚えが良くなるわけではないとわかっている。それなのに私は、彼らの呼びかけを聞き逃さないようにと、防御力の低い館内着のままじっと、採血した右腕をおさえている。