「輝く断片」/シオドア・スタージョン

輝く断片 (奇想コレクション)

輝く断片 (奇想コレクション)

最初に知ったのはどちらでだったのか思いだせないのだけど、この「輝く断片」の書評をあちこちで(ネットの中の)見かけるうちになんだか気になって、ついに購入した本。
スタージョンの作品を読むのはこれが初めてなのですが、これが、もう、猛烈に面白かった。凄かった。読み進めるうちにぐんぐんと面白くなっていくので、読み終えるのが惜しくなってしまったけれど、読み終えた後には深い満足感がありました。
このシオドア・スタージョンという作家さんはSF作家として有名な方らしいのですが、この作品集は、大森望さんのあとがきによると、「数あるスタージョン短編の中でももっともスタージョンらしい(と僕が勝手に考えている)作品を中心に、一種のコンセプトアルバムをつくることにした。」ものであるとされています。そして内容はというと、ミステリのような、ホラーのような、それでいてSFのような、不思議な(でも決して分かりにくいわけではない)小説がぎっしりと詰まっていました。
一冊を通し、特に強く感じたのは、これが約50年も前に書かれた作品であるということへの驚きでした。大森望さん、柳下毅一郎さん、伊藤典夫さんらの訳が良い、というのもあるのだろうけれど、古くさいところは全くなく、内容は特異とすら言えるのに、その主人公たちには容易に「感情移入して」しまう。それが人間の心理の不思議なところでもあり、このような体験を出来るところが、小説を読む醍醐味の1つであるような気がします。
他のもいろいろ読んでみたい。とりあえず普通に手に入るらしい不思議のひと触れからかな。

以下、長いしネタばれ含むと思うので畳みます。

上にも「読み進めるうちにどんどん面白くなっていく」と書きましたが、冒頭の2篇、「取り替え子」「ミドリザルの情事」については、それほど面白いとは思えませんでした。しかし、スタージョンという作家さんを初めて読む身としては、この2編からはじまったことで、ちょっとヘン(褒めてます)な空気だな、というのが伺えて、助走としては良かったと思う。
続く「旅する巌」は、SF短編と言ってしまって良いと思います。この短編集の中では一番ジャンルのはっきりした作品ですが、むしろ面白いのはSF的な要素よりも、主人公をとりまく三角関係でした。やきもち(?)を焼いた末に「平均に平均を足しても、答えはゼロなのよ!」と叫ぶネイオーミが面白い。
「君微笑めば」に出てくるヘンリーは、この作品集のあちこちで見られる「善良な、しかし報われない」主人公の一例のような気がします。しかし、この作品で面白いのは、どっから見てもいやな奴として描かれている語り手側の「おれ」が語る、非常に論理的かつ辛辣な言葉にあるような気がする。

『どんなものも、完全になにかであることはない』っていうのがおれの持論だ。なにかがなにかを証明することも、なにかからなにかが導かれることもない。どんなものもリアルじゃないし、ミックスサンドにきちんとはさまれた具の中でおれたちが暮らしてるっていうのも幻想にすぎないんだよ。(p135)

クールです。
そして5篇めにあたる「ニュースの時間です」なのですが、このあたりから、この短編集の本領発揮というような気がします。

言葉を失い、ひきこもったこの人物は、自分自身の世界でしあわせに暮らしている。そればかりか、みずからの義務と責任をすべてまっとうし、だれにも迷惑をかけていないじゃないか。
それは、容認できない考え方だった。(p197)

これが、50年近く前に書かれた文章だということにびっくりする。設定としてはかなり不思議な物語なのに、主人公のマクライルの語る(p204あたりの)くだりにはしっかり感情移入してしまっていた。
続く「マエストロを殺せ」は、ジャズ「ユニット」を舞台とした犯罪小説。むちゃくちゃ面白かったです。「おいらはとうとうラッチ・クロウフォードをボトルクリッパで殺した」という文章から始まり、のっけからそれをやり遂げていることがわかっているのに、なかなかそこにたどりつかない、そのじらされ加減がたまらないです。そして、魅力的なラッチについて語る、暗闇のなかにいる「おいら」の独白は痛みをともないつつも、非常に魅力的だった。人物描写、物語の構成ともに極上の短編小説だと思います。
「ルウェリンの犯罪」もまた、心理描写の素晴らしい作品。心の中に隠しもっている、小さな秘密のお話なのですが、それが損なわれたときの絶望感が、もう、すごいです。泣いてしまいそうです。
表題作である「輝く断片」は、ものすごい力のある作品でした。主人公が、目の前で事故にあった女性を拾ってくるところから物語が始まるのですが、冒頭からずっと、なんだか嫌な予感がして息苦しくて、でも、「用なし」という言葉を「感じる」主人公の気持ちは痛いくらいに伝わってくるのにやっぱり主人公が、怖い。グロテスクな描写を含む作品なので、そういうのが苦手な人(私も苦手だけど)にはお勧めしないほうが良いかなと思うのですが、傑作であることは確かだと思う。

「ニュースの時間です」から「輝く断片」までの4作品には、どこかしら共通する部分があって、それは、ほんのちっぽけな『輝く断片』に支えられている人々の物語である、ということだと思う。はたからみれば「なんでそんなもの」って思う事なのかもしれないけど、読んでみると「それ」の不可欠さというものをひしひしと伝わってきてこわいくらいでした。
面白かった!