夜更けのエントロピー/ダン・シモンズ

夜更けのエントロピー (奇想コレクション)

夜更けのエントロピー (奇想コレクション)

ダン・シモンズという作家さんについてはまるで知らなかったのですが、河出の奇想コレクションスタージョンのおかげですっかり好きなシリーズな気がしてきたし(現在は「どんがらがん」を読んでいます)、ネットで(主にはてなだけど)紹介されてる方の文章を読んだりして気になってたので、購入しました。不思議な本だった。
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まず、この本は日本オリジナルの短編集ということで、集められた作品も、かなり多様なものでした。しかし、あとがきを読んでみると、その多様さこそが、ダン・シモンズという作家の特色なのだと伺うことができます。そして、その中に共通する、幾つかのエピソードは、ダン・シモンズの個人的な体験に基づくもののようです。だからこそ、突飛な設定の中でも、ちょっとぞっとするような現実味を帯びているのだと思う。
例えばこの本で特に印象に残る「繰り返し」は、ベトナム戦争と教師と吸血鬼、でした。
中でも、教師を主人公にした2編が私はとても気に入りました。全ての作品が一貫して「小説」であって、作者の目が隅々まで行き届いているように感じます。ものすごく文章の才能に恵まれた作家さんなんだなぁとかしみじみ思ってしまった。

《以下、気に入った作品の感想。ネタばれになるといけないので畳みます》

「夜更けのエントロピー

幼い息子、スカウトを亡くしてしまったことによって、娘にまつわる様々な心配をしすぎてしまう父親の心情が、様々なケースの引用とともに切々と語られる。思考と視界を行き来する文章が、すばらしい。文章でしかできない表現だなぁと思った、けど「マグノリア」みたいな映画なら、とか妄想もしてみる。

入院中、わたしはほとんど毎晩のように同じ夢を見た。たぶん薬のせいだろう。
夢の中でわたしは教室の前にたち、赤い壁に描かれた図形を指し示しながら幾何学を教えていた。図は逆立ちした円錐で、わたしは最上部の円を指差して説明しているところだ。「円の直径は可能性の大きさです。円周は選択肢の多さで、生まれたときにはどちらもほぼ無限大です」
それから指示棒を、円錐の外周に沿って螺旋を描くように下に動かす。「さて、円錐の高さは時間を示しており、時間が経過するにつれて、円周で示される選択肢の数も少なくなっていきます。時間とともに次々と選択がなされ、ほとんど無限にあった他の選択肢はなくなっていくわけです」
指示棒はさらに円錐の外周を下っていく。「いちばん大事なのは、時間軸を移動して選択肢が少なくなっていった結果、最後にはすべてがこの一点に行き着くということです」わたしは円錐のいちばん下の部分を示した。「残り時間ーーゼロ。残る選択肢ーーゼロ。よって可能性ーーゼロ」間をおいて、「そしてもちろん、この図が示しているのは生命です」
生徒たちはうなづき、せっせとノートを取っている。それはみんなスカウトだった。一人残らず。p147

「ケリー・ダールを探して」

教師もので気に入ったものその1です。
ものすごい緊迫感と、状況のあり得なさを覆す描写と、自然の匂いに満ちた短編。そして教師であったことがないにも関わらず、私自身が教師として働いていたことがあったなら、ここで書かれているような感情を肌で感じることができただろうと思ったりする。信頼と、それに対する畏怖、なんて単純な言葉ではうまく言えない。

「最後のクラス写真」

教師もので気に入ったものその2。
生徒はゾンビなんですよ。そしてすごく恐い話なんです。でもこんな話だとは思わなかった。目から鱗。