昔話/「紙おむつとって」

それまでひとりっ子だった私に、弟が生まれたのは5歳のときだった。かつて居間におかれていた備え付けのストーブにあたりながら、唐突に「春にはお姉ちゃんよ」って言われたときのことは今でもよく覚えている。その「弟」はどこからくるのか、なんでお母さんはそれを知ってるのか、不思議に思う気持ちと、「お姉ちゃん」て響きのなんか大人っぽい感じに動揺し、私はひたすら板の間とカーペットの境目を見つめていた。深緑色のカーペットも、あの頃はまだ真新しかった。冬で、ストーブのそばにお母さんと座っていた私はまだ4歳だったし。

入院中、親戚に預けられていた私は、お母さんが退院してからはいつも、周りをうろうろするようになった。何か手伝うことはないか、と、よく聞いた。手伝いをすればほめてもらえるのがわかっていたから、つまりは、ほめられるチャンスを伺っていたのだ。
そんなある日、出かける準備をしていたお母さんが、弟をおんぶしながら「紙おむつもってきてくれる?」と言ったことがあった。私はまってましたとばかりに寝室へ行き、紙おむつを2つ、お母さんに渡した。
いかんせん5歳児なので、出かけるから2つ、とか、そこまで考えてたわけない。でもお母さんは「さすがお姉ちゃん、気が利くねー」とほめてくれた。
そして、ほめられて調子にのった私は、その次に「紙おむつとって」と言われたときには、3つ、持ってったのだった。

でも、そんときは普通に家にいて、いままさにおむつをとりかえようとしてるとこだったから、お母さんは笑って「いっこでいいのよー」と言った。私はようやく、なにかを理解した。そして、きゅうに恥ずかしくなった。気が利いてたわけじゃなく、ほめられたかっただけなのがバレた、と思った。
今思えば、ほほえましいというか、わらっておしまいの話だと思う。(おむつ3つって…増やせばいいってもんじゃないよねぇ…。)
ただ、その頃は、ほめて!とか、かまって!とか、そういうのを表に出すのが、とにかく恥ずかしかった。トトロでお母さんのお見舞いに行ったサツキが「メイの髪の毛 サツキが結ってるの?」ていわれてなんかちょっと誇らしげになるあの感じと、ついメイに「順番!」ていっちゃうあれだよな。私はただ、役に立つお姉さんになりたかった。でもそれも、ほめられたかったからじゃんねー、てことを思い出し、今日はひとりでもじもじしていました。なんてうか…大人になってよかった!