読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

 内見

気が付いたら内見をすることになっていた。きっかけは最近よく一緒に、沿線の行ったことない駅に行ってみようツアー、をしている友人SとLINEをしていたとき、なんとなく勢いで「引越ししようと思ってるんだけど」と送ったことだった。あっ、送っちゃった。と思いつつ、こういう言っちゃったを積み重ねていくことが勢いになるんだし、と尻の重い私は考えていたのだけど、
予想外にSはその話を面白がってくれ、じゃあ次のツアーは内見ね、ということになったのだった。
まだ春のことで、引越しするならGWか、秋の連休か、なんて漠然としたことを考えていた段階に、いきなり具体的な課題として内見が持ち上がったことで、まずどの駅で内見するかを考えることになった。
Sとのツアーの延長線上だったので「この沿線で坂がないのってどこの駅までかな」と聞いたところ、ここだね、と帰ってきた駅に決めた。

図書館、公園、こぢんまりした商店街と大きなスーパー、ドトール。商店街沿いにいくつかの不動産屋をのぞき、いちばん奥にあった小さな店に入る。
冷たい麦茶を出してもらったのはいいが、それを飲み干し、かごに盛られた飴をいくつか食べて、すっかり喉がカラカラになってもまだピンとくる物件はなかった。パソコンの前で、間取り図の下部にある、たぶん他の不動産屋の名前が入っている部分に、この店のバナーを覚束ない手つきで重ねてプリント、を繰り返す担当者を眺めつつ、でもここまできたら何か見ないでは帰れない、という気持ちにもなっていた。じゃあこことここ、今日見れますか?

結局、その日に見た2つの部屋はどちらも今の家とたいして代わり映えしないもので、ちょっと考えますといって私たちはその不動産屋を後にした。正直なところ、まだ正確な引越し日も決めていない、冷やかし然とした私たちに付き合わされた不動産屋の人―九州出身だといっていた―には申し訳なかったと思う。でもとりあえず内見をした、という小さいけれど大きな1歩に、私は、あの「飽きたな」を忘れられるかもしれないという気持ちになっていた。

次は新聞紙をもってくるといいよとSはいった。ベッドの大きさとかはかるのに、新聞紙とかしくとわかりやすい。
図書館、公園、こぢんまりした商店街と大きなスーパー、ドトール。駅までの道を戻りながら私は、次この駅にくるときはきっと、新聞紙を持ってこようと思った。