砂浜/佐藤雅彦

砂浜

砂浜

この本が出た時に、新聞かなにかでインタビューを読んだけれど、そこで印象的だったのが「小説というのは無限の時間を封じ込めることのできる、とても面白くて可能性のあるメディア」というような言葉だった。
その言葉の印象から、なんとなく実験的な小説を思い描いていたのだけど、いざ手に取ってみれば、とてもやわらかい、私小説的な、お話が並んでいた。
佐藤さん自身が育ったという静岡県戸田村の御浜(みはま)を舞台に描かれていることから、たぶん佐藤さん自身の思い出も多く含まれているのだと思う。板の隙間と交差するように顔を動かすと、向こう側の景色がスローモーションに見える、なとどいうエピソード(遊びの発明)には現在の佐藤さんの姿を重ねたりもするけれど、この本の主題となっているのはむしろ、少年時代の思い出を文章の中に封じ込めるという、シンプルな目的によるものなのかもしれない。都会で育った私には、まぶしいくらいの憧れを感じさせる風景だ。
児童文学のような文体ながら、児童向けというには回想録としての色合いが濃いので佐藤雅彦さんのファン及び、同じような海辺での思い出を持つ人以外には薦めにくい作品ではあると思う。
しかし、一つ一つの文章の構成、そして情景描写の的確さは、佐藤さんの非凡な才能を感じさせるものでもあり、つくづくすごい人だなぁとおもう。不思議なバランスを持った作品集だ。
マックという名前の犬がでてくるお話が好きです。

「とりあえずマックでいくか。もっといい名前がでたら、そうしよう」と、絶対そんなことにはならない納得のしかたで「マック」に決まった。マックには「マック」という名がぴったりだった。