風に舞いあがるビニールシート/森絵都

森絵都さんの大人向け、は『いつかパラソルの下で』*1が、良かったんだけど何となく個人的にしっくりこなかったので、どうしようかなぁ、と思っていた。でもchibamaさんの感想(http://d.hatena.ne.jp/./chibama/20060627)を読んで、やっぱり読もうと思って買ってきました。ありがとうございます。読んで良かった。

風に舞いあがるビニールシート

風に舞いあがるビニールシート

風に舞いあがるビニールシート』は短編集なのだけど、全ての作品が、それぞれの「価値観」をモチーフにしている。ある人はそれを発見し、またある人は守り、探し、隠している。読んでいると「価値観」というものは、その人にとっての「足場」であり、それを抱えるということは人を強くも弱くもするのだな、と思う。

「(略)なにを基準に生きればいいのかわからなくて、いうも誰かの物差しを借りてばかりいた。恋人とか、友達とか、両親とかの考えに頼って、ぶらさがって……」
「犬の散歩」p93

作品の雰囲気はそれぞれ違うのだけど、主人公たちはみな誠実なのが、森さんらしいな、と思います。
特に印象的だったのは、巻末に収録されている表題作。国連難民高等弁務官事務所で働く女性が主人公の物語で、その設定と過去と現在を行き来する話法は少し「ナイロビの蜂」を彷佛とさせる。
人の命も、尊厳も、ささやかな幸福も、「風に舞い上がるビニールシート」のように、簡単に吹き飛ばされて、もみくちゃになってしまうフィールドで生きる夫と、フィールドに出る覚悟は自分の中のどこにもないことを知っている妻。

好きなものを腹いっぱい食べて、温かいベッドで眠ることができる。それを、フィールドでは幸せと呼ぶんだ/p232

そうなんだって、わかってるけど、というところで逡巡する主人公の気持ちがとても真摯なもので、恥ずかしながら途中でちょっと泣いてしまった。そして最後の数ページがもったいなくて、すこしづつ、読んだ。

どの短編も、読み終えた後の余韻まで、じっくり味わえる作品集だったのだけど、『DIVE!!』の森さんの作品か、と思って読むと、違和感はあると思います。別物だと思って読んだ方がきっと楽しめる。むしろ別ペンネームにしてしまっても良いんじゃないかと思ったり。

*1:id:ichinics:20050507:p1