陽気、知らない人、神田川、さようなら携帯


ブロック塀のむこうから聞こえるラジオの音で、見えない窓が開かれていることを知る。太鼓の音を目で追うと、2階の窓から上半身はだかの背中がのぞいていた。かちこちにかわいた手ぬぐいが、軒先で色あせている。すばらしい陽気。草いきれの中を歩きながら、どれもたった今、目が覚めたみたいな顔だと思う。

とくに行き先も決めずに電車に乗って、おりたのは池袋だった。道を尋ねたおばあさんは観光にきている関西の人で、それなのに親切に、さっきあっちで看板をみた、と教えてくれる。ありがとうありがとう。バスの運転手さんが窓を開けてなにやらしゃべっている。目が合って会釈する。そのバスに乗ってみる。池袋周辺をぐるりと回って、最後ジュンク堂で漫画を買い、読みながら吉祥寺へ向かう。喫茶店で相席したおばあさんは、これまた関西の人で、私は読みかけの漫画を伏せて、ほかの席があくまでの間、ほんのすこし話をする。東京は暑いですね、つい先日までは寒かったんですよ、昨日なんて、雷がなりました。

夕暮れ、手みやげのお菓子と焼酎を持って、友達の新居にお邪魔する。神田川が見えたので、つい先日読んだ「サマーバケーションEP」について話をする。井の頭公園から、神田川をたどって、海にいく話を読んでね、と口に出してみてあらためて、自分の足でそれをやってみたいなと思う。

帰り道、開きっぱなしの携帯を落として、折り畳み携帯のディスプレイ部分が折れ、ぶら下がってしまった。使えるには使えるけれど、中身がはみ出している。そっと両手で包んで持って、今までもずっと近くにいたのに、こんなふうに優しく扱ったことはなかったですねとか思う。名残り惜しいけれど、明日には機種変更しなくちゃならないだろう。内臓がはみ出している携帯なんて危なっかしくて使えない。だからいまわのきわに、と思い、とりためた写真を慌てて転送し、日記にのせたりしてみる。