ハッカ

記憶を、反芻するときの感じというのは、何度も同じ喩えを使っているけれど、やっぱり飴を、とてもおいしいのを、なめている感じに似ていると思っていて、なくならないように噛まないように、ずっと口の中に入れていたのに、いつのまにか溶けて、余韻だけが残っていて、あれ、何考えてたんだっけなって、目が覚めるたびに、なにかかなくしてるような、たりないような、そんな気分を繰り返していた頃に、キセルの「ハッカ」という曲を聴いて、すごく腑に落ちた気分だった。

甘くもあるな しびれてくるな やめられないよ なくならないよ
なめては生きる僕らだよ 必要なんだよ
「ハッカ」/キセル

それからずっと、ライブで聴いてみたい、と思っているけれど、まだその機会はない。
今日、帰り道歩きながら、久しぶりにハッカを聴いていて、こんな風に思い出すことがあるのは、それだけでじゅうぶんに、うれしいことなんだなと思ったりした。