夕暮れビール

駅前にロータリーがあると、知らない町だ、と感じてしまうのは、私が幼い頃からずっと駅と住宅街が地続きに直結しているような町に住んでいるからで、あたりを見回しながら、ここもまた知らない町だ、とすこし身構えつつも、あちこちで交わされる、あら、いま帰り?、どーも、そうなのよぅ、なんて、他愛もない挨拶、のようなものに体半分、溶けだすような気分で入った店の、背後の席では知らない人が、私の知らない恋の話をしていた。酔いが回っているわけではないみたい、だけどその語り口には、思っていることを口に出す気持ちの良さみたいなものが感じられて、私もつい、うれしくなって、何かを言おうと口を開くのだけど、その前に、と、つい酒が進み、ぼんやり、酔ったなぁとか思いながら、行儀悪く耳をすます。状況はよくわからなかったけれど、たぶんうまくいっている、とか、そういう感じの平和な話で、ふと、

「いますごく幸せなんだよね」というのろけ話を聞いてはじめて、あーいい人だなぁなんて意識するのは、なんつうか不毛だ、と自嘲しつつ、それからけっこう長いこと、あーいい人だなぁと思い続けることになった、まだ10代の、でも終わり頃のことを、思いだしたりした。
それは、たぶん恋とかそういうんではなかったと思うんだけど、まあ、けっこう、いい人だなぁと思っていて、でも「いますごく幸せなんだよね」という言葉の奥にあった、ちょっとややこしい事情みたいなものを、それはわりとどうしようもない話で、知ってからは、うー、と、思いつつ、でもやっぱりどうしようもないままだった。
ともかく。その人は、7つくらい年上の先輩で、まあいろいろよくしてもらっていたわけです。CD貸してくれたりとか、私が小石川植物園行ってみたいっていったら、手書きの地図くれたりとかね、そんなささやかな感じなのですけど、で、まあなんていうんですか、ほら、2月にあるじゃないですか。あのイベントっぽいのが。そんで、まあこくは(ゲフンゲフン)とかしないにしても、なんていうかこう、あげたいなーみたいな気持ちがあって。でも面と向かってそんなんあげたらお返しとか気にする人だろうし、気を使わせたくないなーていうのがあって、私が買ったのトッポだった。
トッポわかりますかね。棒状のプレッツェルにチョコ入ってるやつです。あれおいしい。んで、二袋入ってるんですよ。それを、帰りがけに、お腹すいてます? え、すいてない? でもこれひとふくろあまってるっていうか、もういらないからあげます、みたいな感じで、1袋あげて、そんで満足したっていう、それだけの話で。
なんつーか、ま、あのときはそういうことだったんだよなぁって、ってこれじゃあなんのことやらだけど、

それにしても、と、イマココに戻ってきてもまだ背後の彼は気持ち良さそうに話をしていて、できることなら、私も、あんなふうに、話してみたいなと思う。そんで、のど元のなにかが、聞く人にとって心地よい話ならいいのになあ、とか、思いながらまたグラスを手に取って、
ビール飲む。私はいま、何を話したいんだろーなと、考えながら、もっと話がききたいと思っている。