スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドゥーシャス

小さい頃、「メリーポピンズ」の映画が大好きだった。内容は断片的にしか覚えてないけど、ベビシッターとしてやってきたメリー・ポピンズさんは魔法使いで、指を鳴らすだけで部屋片付けたり、歌って踊って傘をもって空を飛んだりする。彼女の魔法の呪文は「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドゥーシャス」。今でもそらで言える、言い続けてればいつか私も魔法が使えるんじゃないか、なんて、思ったり、笑ったり、でもちょっと本気で願ったりしながら、メリーポピンズの傘もって飛ぶ姿と、その呪文だけが頭にずっと残っている。

最初の弟が生まれるときだったと思うから、5歳、の頃だろうか。母さんが出産で入院している間、私は母さんの兄(つまり伯父)の家へ預けられていた。そこんちのイトコたちは男女女の三人兄弟で、全員私より年上、もう学校に通っていたと思う。団地だったせいか、しょっちゅう友達が遊びにきていて、二段ベッドのおかれた子供部屋には、いつもたくさんの、知らない人がいた。
その頃、私はものすごく人見知りで、どのくらいかといえば、はじめて幼稚園だか児童館だかに行った日、部屋に入ってすぐカーテンにくるまってでてこなくてむりやり引っ張り出されてた、とかそんな話を大人になってから母さんに聞かされたときは覚えてないふりしたけど実はばっちり覚えてるんですよね…ってくらいの人見知りで、だからそのイトコの家でも、私はたいてい台所にいるおばさんにまとわりついているか、居間におかれたグッピーの水槽を、眺めつつ、眺めているふりをしたりしていた。
そんでも、イトコやイトコの友達たちは、私のことをかわいがってくれたと思う。一緒にグーニーズのビデオみて、目玉焼きの機械作ろうって設計図書いたり、駄菓子屋についてったり、公園で花火したり…てことはもしかすると夏休みだったのかもしれないけど、とにかくいろいろと一緒に遊んだ思い出も、ある。

けれど一番良く覚えているのは、ある日、一番年の近いイトコが「今日友達といっしょに南極物語(当時ヒットしてた映画です)見にいくんだ」って、朝からすごく楽しそうにしてた日のことだ。私はそれ見て、うらやましいなー、て思いつつ、じっとグッピーを見ていた。何回数えても何匹いるかわかんなくて、一度いっぴきづつ出して数えてみたいもんだ、でもそんなことしたらおこられるだろーなーなんて思いながら、いかにもそれが重大な仕事であるかのようなそぶりで、ってのはたぶん誰にも伝わりっこないんだけど、とにかく南極物語には興味のないふりをしていた。
そんで約束の時間、イトコの友達が、イトコを迎えにきた。その時、
「○ちゃんも一緒にいく?」
と、イトコの友達が、私にも声をかけてくれたのだった。思わずパッと後ろを振り向いて、あ、と思う。「いきたい!」て、いえないやと思う。気持ちが急にしぼんでしわしわになって、「ううん」と首をふった、あの瞬間のふがいなさを私はいまもよく思い出す。たぶん私はずっと、グッピー数えながら、誰かが誘ってくれるの待ってたんだと思う。誘われてはじめてそれがわかって、あーあ、と思った。かっこわりーなぁ、と思いながら、さらにかっこわるくなってくだけの自分。
イトコとその友達が南極物語を見にいってしまった後、がらんとした家の中、おばさんは寝室で昼寝していて、真っ昼間だというのに起きてるのはグッピーと私だけで、
私は傘をもって、近所の土手に向かった。そんで傘を広げて、土手から飛び下りてみた。しりもちをついただけだったけど、これ練習すればどっか飛んでいけるようになるんじゃないのと思って、土手を上っては傘を広げて飛ぶ、というのを何度か繰り返したところで、傘はあっけなくおちょこになった。
なんだよなんもうまくいかない、なんてふてくされて、そのまま、夕方まで土手でごろごろしたり、草むしったりしていたんだけど、あの時「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドゥーシャス」という呪文のこと考えてた私は、たぶん、傘で空を飛ぶとかより、南極物語わたしも見たい!ていう素直さが欲しかったんだろうなと、思う。

そんで今、私はその素直さを手に入れたかといえば、やっぱりそんなこともなくて、いまだにいろんなこと、うまく言えないんですけど、あの呪文はいまもふと、心細くなったときとかに、頭に浮かんだり、する。
南極物語」は、まだ見たことがない。