金曜日

友達へのお土産を買った後、デパート地下の誘惑から逃れて待ち合わせの19時、友達を待ちながらいくつかのメールを書いた。その後、学生時代のバイト仲間と、久々に顔をあわせて開口一番、かわんないなーと言いあったけれど、やはりそれぞれそれなりに変わった、と思いながら見慣れぬ帽子姿を眺めて歩く。それめずらしーね。そうかな最近よくかぶってて、云々。
混雑した金曜の飲み屋にふられ続けて4軒目、ようやくビールを手にして皆、一様にほっとした顔になる。以前は近況なんて話すこともないほど毎日一緒にいたのに、最近どうしてる? というところから話がはじまり、やがて酒が進むほどに思い出話になってくのは今のいつも通り。そこに出てくる、店で「why can't we be friends」ばかりかけていたという19のときの私とここにいる私はすっかり別人なのだけど、19の私をほめられれば今の私も嬉しいし、21の私の失敗を思い出せば今の私も恥ずかしい。ここにいない人のことを考え、今を知らないのだということは、あちら側にも別人の私しかいないのだということを思う。
そういえば、2000年か2001年の年越しもこの町で、夜中に卓球をして牛丼食べて帰ったっけという話になって、卓球といえば2002年のワールドカップのとき、たまたま店に居合わせた卓球(人の方)が、画面にカーンのセーブシーンが映る度にアテレコをしていたという話を聞いて笑ったりする。あの店がまだあると聞いてうれしい。時間が経つと2、3年の差なんてわからなくなって、ぜんぶずっと前みたいだし、ついこの間みたいに思う日もある。
明日早いからといって別れたのはもう23時、混雑した中央線に乗り込んでふと、あの頃とは帰る家もかわったんだなということに気づく。お互い年取ってもこんなふうに、相変わらずと言い合い、少しづつ変わっていく印象を更新していければいいのになと思うけれど、なんとなく、それができると思っていれば大丈夫な気がした。
酔い覚めの自転車は気持ちよくて、意味もなく隣の駅まで寄り道をして、嬉しい予定のことを考え、つい立ち漕ぎしたりして、家着いておもむろにジャガイモをゆで始め、待ちきれなくなって火を消して寝て、翌朝後悔した。金曜日の話。