電車王子

いつもながら、おちもない話なんですが、先日のこと。
飲んだ帰りかなんかの終電発車待ちの車内で、すみっこに座り込んでる男の子がいた。忘年会シーズンゆえの、まあ酔っぱらいなんだけど、隣に立ってるサラリーマンが軽く蹴ったりしてて、でも本人は全然気づいてなくて、ってのを横目に見ながら、大丈夫かなあ、なんて思ってるうちに、車内はだいぶ混雑してきた。さらに発車間際になると、ライブ開演前みたいに人が押し寄せてきて、んで、蹴りを入れてたサラリーマンもちょっと興奮気味に「ガキは起きろよコラ!」みたいなことを、言った。そのとき、なんていうか、電車内で人が声を発する際の、ちょっと抑え気味の声ってのがあると思うんだけど、そのレベルを勢いで振り切ってしまったみたいな、間があって、
ってところで、すかさず間にサッと入って座り込んでる男の子の肩を叩き、「起きた方がいいですよ、混雑してきましたから…」みたいな感じで声をかけた男の人が居たんです。
座ってた子は、その男の人に手を引かれて立ち上がり、窓に寄っかかって落ち着いた。ふらふらしているけど気持ち悪くはなさそうで、ほっとする。王子はそれをにこやかに見届けると、まるで「でしゃばってすみません…」とてもいわんばかりの伏し目で、元居た位置へ戻る。
これはなんという王子…!
心の中で拍手喝采しましたが、今思うと、物腰柔らかく清潔感があり、やわらかな笑顔を振りまくその様子は、王子というよりも、むしろ…げふげふ、とか、まあわたしもちょっとあったかい気持ちで、師走の車内に揺られていました。
それからしばらくして、眠いなあ、とか、ちょっとぼんやりしてきたところで、電車が急ブレーキをかけてとまった。瞬間、わりと空いてきていた車内はウワーって雪崩みたいになって、いつのまにか目の前にきていたその酔っ払いの男の子が、こう、私とすれ違う感じで倒れかかってきた。
そこで、私は思わず彼の手をつかんでしまったんですよね…。手、ていうか腕のつもりだったんだけどね。
ま、たぶんきっと、私も王子気分だったんだと思います。
いやね、そしたらなんか思いっきり振払われてしまって、まあ向こうは酔っぱらってるから仕方ないよね…、て半笑いになったところで、王子と目が合ってしまった。
そして、王子は「ごしゅうしょうさまです…」とでもいうかのように、伏し目がちに、目を、そらした。
ああついに、私は、あの優しい王子にすら見捨てられてしまったのだなあ、という感慨にひたりながら、ていうかかなんていうか、要するにただでさえ殺伐としたこの年の瀬に、よりいっそう、うすら寒い気分になりましたとさ、という話です。以上です。せつない。