「ひなた」/吉田修一

ひなた

ひなた

雑誌「JJ」に連載されていた作品だ、と聞いてちょっと構えていたのだけど、読みはじめたらするすると読めてしまった。
物語は、二組の男女それぞれの視点から描かれる春夏秋冬、という構成になっている。ただ、二組とはいっても、兄とその妻、弟とその彼女、というカップルなので、中心となる家族(そしてやがて形成される擬似家族)を描いた小説のようにも読めるのだけど、どうもこう、ぽっかりと空いている部分を感じる小説だった。
そういえば、最初の頃の吉田修一さんの文章といえば、一人称に近い三人称で、主人公が何を考えているのか、それがきちんと書かれていることが多かった気がするのだけれど、この「ひなた」での文章は、一人称なのにもかかわらず、主人公の感情はどこかべつの場所にあるような、空虚さがある。自分が何を感じているのか、それさえよくわからない、ということなのかなとも思う。しかしだからといって、第三者の視点から描かれて浮き彫りにされる何かがあるというわけでもないように思う。
それから、文章の面で気付いたことといえば、以前の作品に比べて、格段に会話文が増えたように感じた。そして、その会話も、一文取り出してみるとどれが誰だかよくわからない。そのくらい、主人公たちの印象が薄いというのは、少し読みづらい。特に女性二人が「働いている」ということについて、もちろん取材した上で書いているのだろうとは思うけれど、これがちっともリアルに感じられなかった。
彼等は皆、自分の人生にさして興味もなく、漂っているような、そんな印象を受ける小説だった。そしてするすると読み終えてしまった。
前に私は、吉田修一さんの作品について、作者の匂いのようなものがなく乾いた感じがするところが好きだ、と書いたことがあったけれど、その頃感じていた底辺の力強さのようなものがこの「ひなた」には感じられなかった。
この空虚さは「あえて」なのだろうか。だとしたら、少し寂しい。
今から思うと「ランドマーク」までと、それ以降で作風がかわったような気がする。(「長崎乱楽坂」のみ未読だけど)
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