家族旅行

夜、なんだか疲れたなー、なんてどんよりな気分で帰宅すると、やけに元気な母さんが「旅行の写真見て!」とノートパソコンを差し出してきた。母さんは、もう50代も後半であるというのに、毎日10時間くらい眠っている。そして元気だ。玄関でノートを受取り、着替える間もなくみそ汁を飲みながらCD-Rを入れて写真を見る。先週か、先々週か、父さんと行った北海道の写真だった。
その北海道旅行は、当初、母さんのダイエット成功を祝した家族旅行になるはずだった。しかし、齢21を過ぎた猫が体調を崩していたので、留守にするのも預けるのも心配だ、ということになり、私たち兄弟は残ることにしたのだ。
写真を送っていく。写真をとられるときいつも直立不動になる相変わらずの父さんの格好に笑う。あちこちの看板の前で写真をとっている。そのぎこちなさに、父さんや母さんが幼い頃の、あの掌サイズの白黒写真のことを思い起こす。そういえば、今の携帯写真って、あの大きさと似ている。
同じ場所で、交互に写真にうつる2人を眺めつつ、全員で行けなかったのは残念だけど、まあ、よかったんじゃない、と思う。忙しかった父の定年も来年に迫り、いまさら毎日顔あわせるなんて億劫で、なんて言ってた母さんも、ずいぶんにこやかに笑っているじゃないですか。じゃないですか? なんて飽きてきた私がカチカチ送っていくと、すぐさま「そんな急がないでもっとゆっくり見て!」と声が飛ぶ。
うちの父さんは、昔っからかなりのかわり者だった。恐がりで、犬と風船が嫌いで(突然音がするものが嫌いなので、書斎の電話の音も鳴らない設定にしている(自分がかけられればいいのだ))、家の車は、弟2人も免許もってるのに触らせない。昔から、家族旅行に行く時も運転はずっと父だった。そんな父が、車内で唯一かける音楽CDは、「みんなのうた ベストセレクション」で、というとちょっとかわいらしい感じだけど、お気に入りは「オナカのおおきな王子さま」という曲で、そのたびに「母さんみたいだよねww」と薄ら笑いを浮かべるのは、車内の空気を殺伐としたものにかえた。
そんなのは、もう10年近く前のこと。兄弟も全員成人してしまった今では、父さんもずいぶん丸くなった。
写真の中の母さんのオナカも、相変わらず丸くて大きい。「そんで、ダイエットは成功したんだっけ?」ときくと、あからさまに顔をしかめ「予約したときは達成してたけど、結局家族旅行じゃなくなったから関係ない」と言う。ま、健康ならいいんですけどね。なんて言いながらPCを落としていると、「ちょっと寝る」といって寝室に入ってしまった。
まあ、今度ダイエットが成功したら、遠出は無理でも、全員で出かけるということがあってもいいよねと、食卓でやりとりをきいていた弟が言う。空になったお椀を片手に突っ立ったまま、そういえば二人で写っている写真の少なかったことを思い出し、そうだね、と答える。