ニシノユキヒコの恋と冒険

ニシノユキヒコの恋と冒険 (新潮文庫)

ニシノユキヒコの恋と冒険 (新潮文庫)

川上弘美さんの描く、ぬめっとしてない方のお話だと思う。わりと直線的な恋愛小説に思えて、少し驚いたけれど、読み心地のいい連作短編集でした。
10人の女性の視点から語られる、 “ニシノユキヒコ” という男性は、たぶん魅力的で、おんなたらしで、それでいてやさしかったりする/したんだと思う。だから、彼が女性達に「モテた」というのはわかる気がするのだけど、私にはいまひとつ、ニシノユキヒコの魅力がわからなかった。…というのは物語としての面白さが云々ということではなくて、ニシノユキヒコみたいな、「どうして僕はきちんと女のひとを愛せないんだろう」なんて言ってみたりするひとは、めんどくさいなぁと思うからだ。そして、ユキヒコさんがどんな人なのか、なにを考えてるのか、そういうことを考えるときの手応えのなさに、いっそ遠ざかりたい気持ちになる。
例えばそのトラウマの描かれ方も、「ぶどう」に描かれるユキヒコさんの狂気も、どちらも切実なはずなのに、どこか空白な感じがして、それがまたせつなかった。
気持ちというのは常にあるものじゃなくて、空のところに浮かんでくるもの、なのかもしれない。あるような、ないような。ものに、形をつけて色をつけて名前をつけるのは物語なんだな。とか、自分にはまだよくわからないことがたくさんあるなあと、改めて思った。