「ぐっと」の感じ

最近読み始めた本の冒頭に、「主人公は生まれてこの方知らずにいた「希望」というものに怯えていた」*1という一文があった。
何かに期待することで、それまで気づかなかった可能性を見てしまう、その瞬間を恐ろしいと感じる気持ちは、なんとなく自分にも想像できるような気がする。けれど、その可能性を見なければ、このお話は始まらないんだよなーってところに、なんだかぐっときて、まだほんの序盤なんだけど続きを読むのがとても楽しい。
期待と不安は表裏一体のものだけど、可能性に手をかけた時点で、その先はもしかしたら「ある」ものになるのかもしれない。叶うかどうかは別にして。

ところで、「ぐっときた」を、それ以外の言葉で説明したいのだけど思いつかないのが悔しい。
ほんとそのまんま、ぐっ、て感じで、感動ともちょっと違う、例えば本を読んでいて「この一文が読めて嬉しい」と思うときのようなあれ。友達に会って話するとしたら「ここの、この文がすごくよくてさー」などと勢いで言うのだろうけど、文章にするといつもためらうのは、言葉を出すまでの時間があることで、ひとつひとつの「ぐっと」にぴったりの言葉を選びたくなるからかもしれない。でもなかなか思いつかないからいつも「ぐっときた」って書いちゃうのが悔しい。
そういうところも、話し言葉と書き言葉は全然違うなと思うんだけど、使う言葉が何であれ、その中にある「感じ」が伝わった気がするととても嬉しいのは、きっとどちらも同じだろう。

*1:大意