「あのこは貴族」を見て思い出したあのこ

「あのこは貴族」という映画を見た。
現代ものではなかなか描かれることのない、でも確実にある「層」との間に生まれた縁がテーマになっている映画で、新鮮だった。

そして私は映画を見ながら、登場人物の彼女たちと同じ年頃に出会った、Mちゃんのことを思い出していた。
Mちゃんとは、転職活動中のバイト先で出会った。5人くらいいた同期のうちの1人で、週に1回は全員でランチをする、みたいな文化に及び腰になっていた自分をMちゃんはなぜか面白がって、なにかと話しかけてくるようになった。昼休み、私が「郵便局に行く用があるから(一緒にランチはできない)」というと、じゃあ一緒に郵便局行く、と返してくるような子でもあった。

そのバイト先は、いわゆる大企業で、周囲の人たちは皆良い人だったけれど、自分にとっては「新卒で就職できなかった自分」について日々考えてしまう場所だった。バイトをきっかけに契約社員になることなどを目指している子もいたけれど、
私はとにかく、ここからでて「正社員」になりたいと思っていた。正社員になればなにかが解決すると思っていたのだ。そういう時期に出会ったのがMちゃんだった。

Mちゃんがなにかしらの会社の社長の孫だ、ということは知っていた。お父さんが東京にくるからネイルを落とさなきゃ、とよく言っていて、厳しい家なんだな、と思っていた。
そしてMちゃんはしばしば、早く結婚相手を決めるように急かされている、という話をしていた。
好きな人もいて、でもそれと結婚相手は別の話だということもあけっぴろげに話していた。いつも笑っていて、人懐っこい子で、思い出せばいつも姿勢がよかった。

当時、私とMちゃんは暇さえあれば一緒に遊んでいて、いつだったか、Mちゃんの「好きな人」のマンションに泊まらせてもらったこともあった(その人の自宅は関西にあるため、家主はいなかった)。変な話だが、たぶん飲んだ帰りに終電がなくなったとかそんな感じだったと思う。
いかにもデザーナーズマンションという感じの部屋で、私たちは1つのベッドに寝転んで彼女のおじいちゃんが特集されている「プロフェッショナル仕事の流儀」を見た。

やがて私は就職が決まり、Mちゃんからは結婚式の招待状をもらった。
バイトが終わってからは一度も会っていなかったので、正直、結婚式に呼ばれる間柄でもないような気がしたけれど、バイトの同期との同窓会のようなつもりで参加した。
そこで私は初めて、床につくドレスで結婚式に参加する人たちを見た。待合室に足を踏み入れた時の違和感というか、私が開くべきではないドアを開いてしまった感じは、よく覚えている。
ウエディングドレスを着たMちゃんは相変わらず、姿勢良くにこにこ笑っていた。

彼女はそのまま夫の海外転勤についていき、それ以来、一度も連絡をとっていない。

それなりに長く生きてくるとそういう、もう2度と会うことはないだろうなという人もいる。会わないからといってなくなったわけではなく、稀に思い出すと新たな発見もある。
「あのこは貴族」は私にとって、そういうきっかけになった映画だった。
Mちゃんのことを検索してみたけれど、名前では何もヒットしなかった。
元気にやってるといいなと思う。私も適当にやってます。


あのこは貴族 (集英社文庫)

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