ベイビー・ドライバー

監督:エドガー・ライト

イヤホンをして音楽をかける。それが主人公の天才的ドライブテクニックを起動するスイッチになる――という設定のクライムアクション映画。とっても面白かったです…!
映画をみてまず思い出したのは10代の頃のこと。1枚のアルバムを繰り返し聴いて、ギターのカッティングやヴォーカルの呼吸音にいたるまで、音の一つひとつを記憶するようにお気に入りの曲を聞き込んでいた頃、イヤホンをすれば無敵になれる気がしたし、この最高の曲のMVを作るとしたらどんなストーリーがいいだろう、ここで画面を切り替えて、一番盛り上がるこの場面は絶対に……って想像しては何度も脳内で再生した。
その頃の気持ちを思い出しつつ、私の脳内にはもちろん描くことのできなかった最高の最高に冒頭から殴られたような気持ちで最後まで、気持ちよくリズムにのっていた。
物語は、わけあって強盗グループの手伝いをしている主人公ベイビーが否応なく犯罪に「主体的に」関わっていく過程と、平行して滑り出した彼の恋を描く…というもので、配置されたキャラクターの存在感を含め、絵コンテの切り方がほんとうに気持ちいい、まるでライブみたいな映画だったと思います。

監督は脚本執筆前から使用する楽曲を決めていたということで、

オープニングに使っているジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンの「Bellbottoms」は、すべてのカーチェイスの音さえもかなり早い 段階で入れていたよ。それが2008年ぐらいかな。だからその頃にはもうすでにサウンドエフェクトもすべて入れた、映画で使用しているバージョンの 「Bellbottoms」が完成していたんだ。
http://realsound.jp/movie/2017/08/post-101262.html

このエピソードを見て、こうして綿密に振付けされているからこそのライブ感なんだなと思ったりした。「Bellbottoms」のシーンだけでも5億点でてるのに、そこからの「Harlem Shuffle」(あの「Jump Around」の元ネタ)でコーヒーを買いにいく場面、高校生男子だったらもう絶対、毎朝真似しちゃうと思ったしポケットに複数のサングラスとiPodをしのばせるのに憧れるのまったなしでした。ベイビーが魅力的なのは、ほんとアンセル・エゴートの身体能力あってこそだと思います。

キャラ的にはボニー&クライドのようなダーリン&バディが特に好き。特にバディ役のジョン・ハムさんは汗だくになって前髪が乱れてからが最高でした。終盤の音楽に合わせた銃撃音のシーンもかっこよすぎて悲鳴がでるやつだった…。
本当に楽しい映画をありがとうございますという気持ちです。
エドガー・ライト監督作品まだ見てないのも多いのでちゃんと見ようと思いました!

冒頭の「Bellbottoms」のシーンは、映画「ドライブ」の冒頭シーンとも比較してみたいなと思った。どちらも冒頭からがっちり掴みに来る映画だなと思います。

ドライヴ

ドライヴ

Baby Driver (Music From The Motion Picture)

Baby Driver (Music From The Motion Picture)

サントラめちゃくちゃ元気がでます。

「ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣」

2009年に至上最年少の19歳で英国ロイヤルバレエ団のプリンシパルとなり、2012年に電撃退団をした、ウクライナ出身のバレエダンサー、セルゲイ・ポルーニンのドキュメンタリーを見ました。

恥ずかしながら、私はセルゲイ・ポルーニンのことをほとんど知りませんでした。
幾つかの写真とニュース記事を読んだことがあったくらいで、映画の後半にでてくる『Take Me to Church』の映像すら見たことがなかった。
つまり私はこの映画で初めて、動くセルゲイ・ポルーニンを見たのだけど、
その人生の物語よりもまず先に、世界にはこんな風にはっきりと、目に見える才能というのがあるのだということが、重く、印象に残る映像だったと思います。


映画で描かれる彼のこれまでの人生は非常に過酷なものでした。家族は彼の才能にかける形で散り散りになって金を稼ぎ、それを全て彼の学費に費やしている。セルゲイもまた、自分の成功が家族を再び繋ぐはずだと信じ、幼い頃から努力し続け、ついには幼くして単身、イギリスで暮らすことになる。
家族を犠牲にした上で結果をださなければならない、という重圧は見ていて苦しくなるものだったのだけど、それと同時に、彼の踊りははっきりと、何の裏表もなく圧倒的なのだった。
彼の母親は、もう一度人生を繰り返すとしてもセルゲイのために全てを投げ打っただろうと話していたし、それは並大抵の覚悟ではできないことだと承知したうえで、この才能を前にすれば、それ以外の選択はできないのでは、とも思った。

彼が飛ぶたびに、彼が特別な存在であることがわかる。
英国ロイヤルバレエ団時代には彼のために2年先のチケットまで予約する人がいたという。
それはもちろん、彼が自分の才能に尽くしたからこそ手に入れられた力なのだろうし、私は映画を通してその一端をみただけにすぎない。
けれど、彼のこれまでの人生がどのようなものであったとしても、バレエに出会えば、きっとこの才能は開花しただろうと思ってしまった。
圧倒的な存在に出会って、そのモチベーションに神聖さを見いだしたくなるのは、理解できないものへの解説を求めるような心理だと思う。でも、たとえモチベーションがどんなものであったとしても、その才能が特別なものであることに変わりはない。そして時には才能が人を使役することすらあるんじゃないだろうか。

そんなことを思いつつ、踊る理由をなくし、追いつめられたようなセルゲイの様子を見るのは胸が痛んだ。
映画の中には、彼を大切に思っている人がたくさん出てくる。だから彼は決して孤独ではないはずだ。
でも、映画を見ている間ずっと、その才能によって人生の速度が人と違ってしまっているような孤独を感じていた。なんて言葉にあてはめるとひどく安っぽいけれど、
「才能を抱える」ということのおそろしさを感じる映画でもありました。

とても優しいラストだったのでほっとしたけれど、うまく感想が言葉にならない。
彼の踊りがもっと見てみたいです。

www.youtube.com

夜明け告げるルーのうた

湯浅政明監督作品が2月連続公開されるなんてまさに盆と正月が一度にやってきたような2017年。
なのにタイミングがあわず見にいけてなかったのですが、アヌシー国際アニメーション映画祭でグランプリを受賞(おめでとうございます…!)した凱旋上映ということで、上映館が増えていたためようやく見にいけました。

見に行って本当によかったです…!

物語は、とある田舎町に越してきた宅録少年が、音楽好きの人魚「ルー」と出会い、親交を深めていく…というもの。しかし、ルーの存在を知った大人たちはルーを利用しようとした末に、ルーを捉えてその命を脅かすような攻撃を加える。
そこからの主人公たちの奮闘…というのがおおまかなあらすじです。

自然の恐ろしさと共存……というのがテーマでもあると思うんだけど、それをここまで優しく描くというのが湯浅監督らしさでもあるなと思います。これまでの作品の中でもひときわ優しい、すべて等しく救おうとする物語なので、正直途中までは歯がゆく感じるところもなくはなかった。
しかしなんといっても湯浅監督といえば終盤にやってくるアクション盛りだくさんで駆け抜けるお祭り騒ぎみたいなクライマックスです。テンポよく、しかし駆け足にはならず、様々なキャラクターの心象風景を織り交ぜまるっと包み込むラストは本当に圧巻だった。
このラストシーンだけでも、個人的には忘れられない映画になりました。
正直、見終わって数日経つ今も、思い出しては涙ぐんでしまうような場面があったのだけど、でもそれはすごく予想外というか、少なくとも予告を見ていた段階でこういう形でぐっとくる作品だとは思っていませんでした。
今はとにかくそのシーンについて見た人と話したい気持ちでいっぱいなので、以下にネタばれ感想も書いておきます。

《以下ネタばれです》

特に私がぐっときたのは「人魚に愛しい人を奪われた」経験をもつ2人の老人のエピソードでした。
この2人は途中まで主人公たちの行動を阻む存在なわけですけど、終盤のクライマックスシーンでいきなりこの2人がまるで主人公のように浮かび上がってくることに本当にびっくりした。
映画はどうしても主人公を中心に見ていく一人称的な見方をしてしまうことが多いと思うし、そうなると脇役として描かれていた人物の事情、というのは意識の外にあったりもする。
けれどこの2人が終盤、長年の思いをどのように昇華したのか、ということを台詞で説明するでもなく、そこまでの伏線を踏まえた心象風景で悟らせ、さらに彼らが抱えてきた年月の重さを思い知らせる…という演出は本当に見事だと思いました。
こういう演出は、例えば文章で表現しようとすると心情の説明になってしまいそうだし、かといって実写ではCGを使ったとしてもこのように現実と人物が見ている「幻」に近いものをシームレスに描くことは難しいんじゃないかと思う。
例えばタコ婆が見る「彼」の見え方の変化などは、絵で表現するアニメーションや漫画ならではの説得力だとも思った。

主人公の祖父が傘を作っていた理由と、彼の誤解、そして最後に傘を差し掛けることで、和解を示す、というこの流れも最高にしびれた。

第一旋律として流れる主人公達の物語はあくまでも10代に向けた青春ストーリーなのだけど、その底に流れていたもうひとつの旋律によっていきなりシニア層にまで間口を広げるような、懐の広さに圧倒される映画でした。
音楽もよかったな~。しばらくは「歌うたいのバラッド」きくたびにちょっと涙ぐみそうです…。
ルーと主人公の関係についてだけ、え!?そういう感じなの!?ってびっくりしたんだけど、でもまあ主人公中学生だしそれもありかな!?と思いました。


湯浅監督は来年春にNetflixにて配信される「デビルマン」を監督されるとのことで、そちらも大変楽しみです!
www.oricon.co.jp

 「メッセージ」

監督:ドゥニ・ビルヌーブ

テッド・チャンの短編小説『あなたの人生の物語』の映画化作品。
とても楽しみにしていて見に行ったのですが、本当に、とても好きな映画でした。

原作は以前読んでいたのですけどほとんど忘れている*1状態で見に行ったのですが、これもよかったと思います。
見終えた後に原作を読み直してみたのですが、核となる部分はもちろん共通しているものの、物語的な装飾をその核を損なわないよう、よくぞあの脚本に仕上げたなと感じました。
丁寧に読み、噛み砕いた上で語りなおすこの脚本のあり方も、メッセージのテーマに通じるところがあると思う。

映画版のあらすじは、ある日世界各地に「船」が現れ、人類は警戒しつつも、知的生命体《ヘプタポッド》との対話を試みる…というもの。主人公の女性言語学者の視点で描かれるというのは原作と共通しています。
まず、この知的生命体との対話、というテーマが面白かった。
いきなり全体を伝えようとするのではなく、言葉の成り立ちを理解するためにヒントを積み上げていく過程や、表意文字表音文字についてのお話とかも面白くて、もう少し勉強してみたいなと思いました。
同じ言語についてのSFとして、まず思い出すのがジェイムズ・ティプトリー・Jrの『衝突』だったのですが、理解のためにまず信頼を表現するという行動についても共通するものを感じました。

しかしこの『メッセージ』は言語SFだけじゃないんですよね。
ここを忘れていたおかげで、映画を見ている間にもしかしてを感じ続けることができたし、自分にとって特別な映画になったなと思います。

どこか記憶の中にいるような、透明感のある映像もとても美しくて、映画館でみてよかったなと思いました。あと、役者さんの演技が、見てる側へそのままを伝えるような抑制的なものであったのも、物語にとても合っていたし「仕組み」として機能していたなと思います。

あなたの人生の物語

あなたの人生の物語


【ここから先はねたばれになります】

原作も映画も、主人公の現在と、どうやら既に亡くなってしまった子どもと過ごしている時間を交互に行き来するように描かれる。
現在と平行して描かれるものは、通常「過去」として理解されると思うのだけど、映画では物語の序盤に「時間が流れていないとしたら」という台詞があって、これがヒントになってずっと「もしかしたら」と思っていた。
もしかしたら、と思っていたのは、これは「琥珀」のお話なのではないかということ。
カート・ヴォネガットスローターハウス5』にでてくるトラルファマドール星人は、すべてのわれわれは「瞬間という琥珀に閉じ込められている」と話していた。例えば死は「あらかじめ決まっている事」であり、避ける事はできないけれど、同時に別の時間の中ではその人は生きている。
(実際に原作に収録されている作品覚え書きに「この話のテーマをもっとも端的にまとめたものは『スローターハウス5』25周年記念版の自序でカート・ヴォネガットが語っている文章」であると書いてある。/元ネタになった、ということではないと思うけれど)
この「琥珀」が、『メッセージ』における、《ヘプタポッド》の時制がない「表意文字」でもあるのだと思う。
『メッセージ』の主人公は物語の後もこの四次元的世界の中で観測者として生きることになるのだと思うけれど、それでも予め知っていた自分の人生を選択する。

私はループものやタイムリープもののSFが大好きなのですが、好きな理由の最大のポイントが、観測者の孤独と、観測されたことによって世界は存在し得る、といういささかロマンチックな部分にあります。
この物語における《あなたの人生》もまた、主人公の存在によって常にあり続けるのだと私は考えます。


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*1:長谷敏司『あなたのための物語』とごっちゃになってもいた)

夜は短し歩けよ乙女


湯浅監督の、なんと「マインド・ゲーム」以来の劇場長編映画。しかもあの「四畳半神話大系」のスタッフ再集結と聞いてすごく楽しみにしていました。

原作はかなり前に読んだけど詳細は忘れている…、という映画を見に行くのにはちょうどよい記憶具合だったので、細かな原作との差異はまだ把握できていないのですが、大きな改変として原作では約1年のできごととされているところを一夜の出来事にまとめあげたというのが素晴らしいアイデアだなと思いました。
時間経過的に一晩ですむようなお話ではないのだけど、絵巻物のような夢物語のような雰囲気があるお話のため違和感はないし、湯浅監督ならではの疾走感のある演出にもあっていたと思います。
中でも私が好きだったのは李白さんの三階建て電車の描写です。
私は狭いところに大きなものがやってくる、とか、ほとんど家のようなものが動く、という展開にとても弱いのですけど、あの李白さんの家についても、ぜひ中を細部まで見学させて欲しいなと思ったし、しばらく住み込みで働きたい。そう思うくらい素敵な家でした。李白さんの家で李白さんと飲みながら飲み屋に駆けつけたい。
映画を見終わった後に原作を読んだ感想を見返してみたら、やはり李白さん登場場面が見たいと書いてあって、自分も相変わらずだなと思いました。
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キャラクターで特に良かったのは、断然学園祭事務局長!
神谷浩史さんといえばもう饒舌キャラクターの名手ですけども、今回の学園祭事務局長は、流暢にしゃべりつつも常に軽やかな喋り方をするキャラクター。こういう演技もするんだなと新鮮な気持ちになりました。特に寝込んでるときの差し入れの山に埋もれてる総番長が好きです。
同じスタッフの作品、ということもあり今回主人公の声をあてた星野さんの演技は四畳半における浅沼晋太郎さんの弁舌を参考にしたものだと思いますが、これはきっとかなり難しい役所だったんじゃないかと思います。ただ周囲を固めるベテラン勢の安心感もあってか、モノローグよりも会話シーンで生き生きして聞こえたように感じました。
私は四畳半の明石さんが本当に好きなので明石さん派ではありますが、乙女の好奇心旺盛でかわいらしい感じは花澤さんならではとも思ったし、パンツ総番長を演じていたロバート秋山さんもとてもよかった。ミュージカルシーンに新妻聖子さんがでてるのもすごかった……。

などなど、とても一夜の出来事とは思えない、めくるめく体験ができる映画でした。
本当に楽しかった。そしてとても飲みに行きたくなりますね。まずは偽電気ブランを飲んでみたい!

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