「お嬢さん」

監督:パク・チャヌク

監督が原作「茨の城」(サラ・ウォーターズ)を映画化するにあたって、

「もちろん原作の物語も大好きだったけれど、私がいち読者として、いち視聴者として、こういう物語がみたいな、こういう結末になったらいいのに、というストーリーに変更したのです」
http://realsound.jp/movie/2017/03/post-4429.html

と語っている……という話題を見て、それってモチベーションが二次創作なのでは……と気になり(もちろん監督の作品が好きで期待していたのもありますが)見に行ってきました。
とってもよかった。


【以下内容に触れています】

私は原作未読なのですが、3部構成のうちの1部をみて「こうなって欲しい」と思った展開を、一度は裏切り、しかし最終的に「これが見たかったんだ」と思わせてくれる作品でした。
原作の舞台がロンドンであるのに対し、「お嬢さん」の舞台は韓国に住む日本人の館になっているので、冒頭は日本人として描かれる韓国人キャストの日本語が聞き取りづらいな…なんて思ったりもしたのですが、そんなのは一瞬で、あっという間に物語に没入してしまった。
第1部は物語の主軸となるお嬢さんと、彼女の元に送りこまれる世話係のスッキのやりとりがとにかく色っぽくてときめきます。お嬢さんを裏切らなければならないのに、次第に惹かれていってしまうスッキの目線の描き方の説得力よ。お嬢さんの背中を閉じるボタンを眺めながら「このボタンたちは私のためにある」なんてモノローグが入るの最高だった。
第2部では視点が逆転し、騙していたはずのスッキが実は騙されていた側であるということが明らかになる。ここで一度は絶望しかけるのですが、お嬢さんがそうせざるを得なかった理由が描かれていくうちに、やはりスッキの存在に期待してしまう。
そしてスッキこそが自分を救いだしてくれる存在であるということを確信する瞬間の、お嬢さんのあの、期待に満ちた目。
2人がお互いの立場を明らかにした後の、桜の木の下の場面などは、場内に笑いが起こるほど可笑しくもあり、同時にひたすら切なく愛おしかった。
2人のラブシーンは手を握り合っていたのがすごく印象的で、この2人の間には(お嬢さんと世話係という関係でありながら)上下関係はなく、手を繋いで世界に対峙しているのだと思えたのもよかったな。恋も憧れも性愛も込みで、2人はお互いしかみていないのに対し、そんな2人をとりまく2人の男は2人を「従属させている」と思っている。だからこそ、どうにか、カウンターを食らわせてやって欲しいと願ってしまう。
そして第3部はその願いが叶えられる。
再会した2人を遠景でとらえるショットはとても素敵で、ここで物語を閉じる監督もいるだろうなと思います。
しかしこれでもかとエンディングを盛り上げるところに、監督の「こういう結末になったらいいのに」が込められていた気がしたし、そういった意味でこれは監督の原作(というかキャラクター)への愛で描かれた作品のようにも思えました。

そして、そんな監督の分身として置かれているのが首謀者である「藤原」なのではないかと思います。
藤原はスッキを使い捨てのコマとして利用し、お嬢さんを手に入れようと画策する男なのですが、ラスト、2人と一緒に館を出るシーンを回想する彼は2人の関係を察していたかのようだった。まるで彼女たちの未来への礎となれるのであれば本望だというエンディングにも思えて(というのは私の勝手な解釈かもしれませんが)監督がそこまで思いいれた原作を読まなければと思いました。

レズビアンを描いた映画としても素晴らしく、特に監督がインタビューで以下のように語っていたことが印象的でした。

「私としては、まさに男性の視線、視線の暴力にさらされ続けた女性がそこから脱出し、解放される、それを称える映画を撮りたいと思って撮ったのですから、まさかベッドシーンや濡れ場をのぞいて喜ぶような男性視点で作るわけはないのです。実際、そのような場面を撮影するときには最大限の注意を払って撮影に臨みました」
https://i-d.vice.com/jp/article/the-handmaiden-chan-wook-park-interview

「LA LA LAND」

監督:デミアン・チャゼル
ライアン・ゴズリングのファンでミュージカル映画も好き、というわけですごく楽しみにしていた「LA LA LAND」、公開初日だった金曜日に見に行ってきました。

アカデミー賞歴代最多タイとなる14部門ノミネートという追い風もあってか劇場は満席。土曜に会った友人とも感想を話せたし、週末にはTwitter等でも感想をたくさん見かけることができてとても楽しいです。やっぱり映画館で映画を見る楽しみのひとつは、同じタイミングでいろんな人の感想を見れることだと思う。
しかも予想外に感想がめちゃくちゃ割れまくっているのも面白い。
私の観測範囲では「賛否」に割れているというより、大絶賛派と、よかったけど云々…派に別れているような気がするんですが、その「よかったけど」の後に続く内容もけっこう色々なので、私の感想も今のうちに書いておこうと思いました。

私の感想をネタばれにならない感じでまとめると、、大好きなシーンも5億点シーンもあるけれど、気になる部分も少なくなく中盤少し飽きてしまったのは否めない…と言う感じです。



【以下内容に触れています。】


美しいオープニングの群舞から、気のすすまなかったパーティに行くまで、ずっと歌って踊ってが続くのが夢見たいに最高だった。特にルームシェアしてるっぽい女の子4人が色違いドレスで道を闊歩するシーンの楽しさといったらなかった。

役者を目指している、でも浮かれた人たちには何となく馴染めない主人公ミア……という描かれ方は多少ステレオタイプにも感じたけど、パフォーマンスの魅力で振り切れる感じ。
ライアン・ゴズリング演じる、いつかジャズの店を開くことを夢見るピアニスト、セブとの運命の再会はそうロマンチックなものではなく――というのもかわいらしかったし、3度目の出会いからの、夜景を見ながらのダンスシーンは2人のチャーミングさが溢れていて最高に最高だった。
セブがミアと別れた後、来た道を引き返していくことで、彼女と歩きたくてついてきたことがわかる、っていう演出にもすごくぐっときた。


最初にうーん、と思ったのは、2人が付き合い出す場面。
彼氏とのディナーを退席して映画館で彼女を待っているはずのセブのもとに向かい、スクリーンのまん前に立ってセブを探す……という演出についてです。色んな人が言及していた場面だけど、個人的にも女優を目指し、スクリーンの中に憧れてる人がああいうことするかなぁ……、というところにひっかかってしまった。絵としてはきれいなんだけど。
それからジャズは会話だ、って演奏者を前にセブが喋り続けている……という場面もちょっと疑問だった…。
もちろん、そんな物分りのよいキャラクターばかりである必要はないと思うし、
例えばセブのジャズに対するこだわりは多少偏屈にも思えるんだけど、彼が神経質にフレーズの練習をし続けていることから、それを愛しているのだということは伝わってくる。
でもこの辺りで躓いてしまったのが乗り切れなかった原因かなと思います。

やがてセブは夢である店の開店資金を貯めるために、最初は気乗りしていなかった友人のバンドに入る決心をする。
2人は出会ったばかりの頃に、ケニー・Gのような音楽が嫌い、という話題で盛り上がるシーンがあって、その友人のバンドはたぶんその系統にあるんですけど、そのバンドに纏わることも、ちょっと馬鹿にしすぎているように感じた。もし自分が、あのバンドのファンだったら、メンバーがこんな態度なのは悲しい。ケニー・Gは私も苦手ですけども。

そこから色々あって、セブはバンドを辞め、ミアは女優デビューし、物語はハッピーエンドを迎える、ように見える。


個人的にはここまでの流れが少々退屈に思えてしまっていたのですが、
画面に「5年後」とでてからがすごかった。
色んな人の感想を見ていると、ここからがだめだったという人と、ここからがよかった、という人にわかれていたと思いますが、私はこれがあったからこそ、この映画を嫌いにはなれない。

5年後、女優として成功したミアはセブでなない男性と家庭を持ち、満ち足りた生活を送っているように見えます。
そこで通りかかったある店に、ミアが「いつか開くセブの店に」と提案したお店のロゴが飾られていることに気付くところで様子が変わる。

ここからの場面は、いわば「If」の物語なんですよね。
もしあのときこうしていたら、あちらを選んでいたら、という分岐の連続で人生は形作られていく。
そして積み重ねられた「If」が2人の再会に巻き戻ったところがこの映画のクライマックスだったと思います。
「現在」が悪いわけではない
でももしも、と考えてしまうことはどんな人の人生にもきっとあり、それでも人生は続く。

ラストの2人の笑顔を見て、そういうことに思いを馳せることができるところがとてもよかった。

ただ、監督は「If」の物語を描きたかったんじゃないのでは、という気もするんです。「LA LA LAND」という言葉がハリウッドを意味するということからも、あくまでも、夢を追う人々が集う街というものを描きたかったのかもしれないなという感触もあり、そういう一言で捉えきれないところが、見る人によって感じることがかなり違うのかもしれません。

あとはミュージカル映画だと思って見に行ったので、もっと歌って踊るのを見たかった、というのもある。特に予告で繰り返しOPの場面を見ていたのでもっと群舞が見たかったな。
……と、いろいろ書きましたが、豪華で美しくてチャーミングな映画であることは確かなので、もちろん見てよかったなと思っています。
とにかくピアノを弾くライアン・ゴズリングが見れるってだけでも5億点でてた。

いろんな人の感想を読んでみたいです。

「セッション」も「ラ・ラ・ランド」も、ラストに1番強烈なものをもってくるという構成が似てるなと思いました。
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「ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー」

昨年は夏休み中にシリーズを予習して『フォースの覚醒』公開に臨み、結果とても楽しく見ることができたのですが、それもこのビッグウェーブに乗りたいという気持ちのなせる業であり、実は私はスターウォーズシリーズに対してそれほど思い入れがあるわけではない。
なので今回の『ローグ・ワン』はスピンオフ的な内容であるときいて、中々腰が上がらずにいました。

けれど結果的にこの『ローグ・ワン』はとても楽しかった。むしろ個人的には今までみたスターウォーズシリーズで一番好きかもしれない、とすら思いました。

『ローグ・ワン』は、『新たなる希望』のオープニングロールにあるお話。
デススターの設計者として父を奪われた娘ジンが、成長して父の思いに応え、その設計図を盗むまでのお話です。
最初は巻き込まれる形で同盟軍に関わることになった主人公が、やがて仲間を得て目的を達成するのですが、
とにかく後半に描かれる、スターウォーズの物語の礎となった人々の戦いが本当に熱かった。

私は孤軍奮闘している主人公に仲間ができる、という場面に本当に弱いのですが、命令に従順であるがゆえにジンを裏切るような行動をとっていたキャシアンが初めて自分の「意志」を優先する場面には本当にぐっときてしまいました。
見に行ったのは仕事初めの週末で、たった2日しか働いてないのにやたら疲れたな……なんて思っていた日だっただけに、なんか頑張って生きるぞ、という気持ちになりました(素直)。

しかし何よりもぐっときたのはジェダで主人公と出会う、チアルートとベイズのコンビです。
チアルートはフォースを信じ、ジェダイに憧れる盲目の戦士。だけど誰よりも強く、戦う姿は舞っているかのように美しい。
そして何かと言うとフォースに祈るチアルートに対し、相方のベイスは基本茶化すような態度をとっているのですが、その軽口が最後にベイスが口にする祈りの言葉に繋がるという展開は猛烈にブロマンスだな……と思いました。
「気をつけろよ」と声をかけるベイスに、「お前がいるから大丈夫だろ」と返すチアルートの、その背中を預ける信頼関係の描き方は、なんとなく香港映画的だなとも感じました。

彼らの戦いの結末は既にこの先の物語が描かれているため、ある程度予想がついてしまうのですが、この作品単体で見たとしても、彼らの戦いに切実さを感じることができるくらい「デススター」がひたすら恐ろしく描かれていたのもよかった。自分があそこにいたらあっという間に死にます。
それから、デススターをとめる鍵となる言葉が父と娘の思い出に繋がっている、というシークエンスにはふと『ハイペリオン』を思い出したりもしました。

本当に面白かったし大好きな作品になりましたが、しいて言えばチアルートのアクションがもっとみたかったし、私はチアルート&ベイスのスピンオフが見たいです…!

この世界の片隅に

監督:片渕須直


原作も素晴らしかったけれど、その印象をこれ以上ないほど丁寧にアニメという表現で再現してみせてくれた、これもまた素晴らしい映画でした。
こわい場面もたくさんあったけれど、映画を見終わった瞬間、私の中に残っていたのは「生活をしよう」という決意であり、劇場を出た後、エレベーターに乗り合わせた人に「良い映画でしたねえ」なんて、つい声をかけたくなった。
あまり先入観を持って見に行かない方が良いとも思うので(あまりに良い良い言われると、ちょっと斜に構えてしまうということは私にも覚えがあるし)、おすすめです、と言うに留める。

ここから先は、生活の話。

歴史を描いた物語の登場人物は、ほとんど場合が歴史に名を残した人物であり、例えば「戦争」については多くの記録が残っていても、それに巻き込まれた人々の物語は、語られなければ忘れられていく。忘れられていくことが悪だというわけではないのだけど、ただその世界を思い描くときに、「自分」の身の置き場がないなと、子どもの頃よく思っていた。
だから、この原作を読んだときにまず感じたのは、これは自分たちの物語だということだった。つまり、街灯り1つひとつのしたにある生活の話だ。
何年か前、母方の「地元」である鳥取と、父方の「地元」である広島を妹と旅行したことがある。特にルーツ巡りとかを意識したものではなかったのだけど、父方母方それぞれの名字の表札をたくさん見かけたのは面白かったし、その後、親戚と会話する際のいいネタになった(久しぶりに会う親戚との会話というのはなかなか難しい)。
当たり前のことだけれど、そこには自分の知らない大勢の人が住んでいるのだということを知るのは、なんだか心強い。それは、こうの史代さんの描く風景のどこかにはきっとこの時代の私もいて、それなりに毎日を楽しく過ごしているはずだと感じたことに似ている。
どんなに深刻な状況があったとしても、人はその中に救いを見つけるし、まともであろうという支えを探す。それが生活するということだろう。
生活をしていない人などいない。
大家族も、一人で暮らす人も、家事をする人も、料理をしない人も、洗濯は全部クリーニング店に頼む人も、悲しいことがあった人も、お祝いの日も、それぞれに軟着陸すべき日常を持っているはずだ。
それを奪う権利は誰にもないし、生活をより丁寧に心地よく行おうとすることこそが、抗う方法であり、人の支えになるのだと思う映画だった。

原作を読んだときに「ひとつひとつのコマがまるで記憶のように描かれている。場を写し取るのじゃなく、気持ちごと画になっているみたいだ。」と書いたけれど、映画の印象もその通りだと思った。ぜひぜひ、劇場で見る事をおすすめしたい映画ですし、原作未読の方にはあわせて原作もおすすめしたいです。

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 永い言い訳

小説家の男が、妻の死をきっかけにある父子と出会うお話。
先日会った友人に、絶対見た方がいいよ、と背中を押されて見に行ってきた。
夜にご飯の約束が入っている日の昼間に油断した気持ちで見に行ったのだけど、開始早々、気持ちの隙間のような部分にサックリ刺さってしまって、上映中はずっと涙が出て仕方なかった。
泣いた後に町を歩くと、なんだかフワフワした寄る辺ない気持ちになる。何度も道順を確認しながら、呆然とした気持ちのまま、おいしいご飯を食べにいった。

これはひとごとじゃない、と思った登場人物は2人いて、それは妻を亡くした主人公の幸夫と、同じく妻を亡くしたトラック運転手大宮の長男、真平くんだ。

幸夫は、かなり嫌な奴だと思う。疑り深くて、プライドが高くて、自分を守ることに精一杯で他者の痛みに鈍感。
妻を亡くした後もずっと「妻を亡くした男の振る舞い」を模索しているような表情をしている。小説家なので言葉はたくさん出てくるんだけれど、その言葉に感情は伴っていない。
ただ、彼自身が思い描く「正しい振る舞い」ができるわけではない、という程度に幸夫は正直者というか偽れない人でもある。

物語では、そんな幸夫が妻の友人(同じ事故で亡くなった)の子どもの面倒をみるようになる。
これは「親切な振る舞いをしたい」ということでもあったのだと思うけど、たぶん、幸夫にとって子どもとの関わりは「よく見られたい」という焦燥から解放される瞬間だったのではないだろうか。

真平くんは小学生ながらにとてもしっかりしていて、まだ幼い妹の面倒をよく見ている。
真平くんの、長男であるがゆえの責任感と、責任感が空回りして自ら辛くなってしまう感覚は、自分も4人きょうだいの長女なので身につまされるところが多々あった。
頑張っていることを褒めて欲しいんだけど、よく言えば豪快、悪くいえば繊細さに欠ける父親は彼の努力には気づかず、褒めてくれるお母さんは亡くなってしまった。

幸夫と真平は、プライドが高くて、自分の殻に閉じこもりがちという意味で近しくて、だから他者の気持ちに鈍感な幸夫も真平の心には寄り添うことができたのだと思う。
そして、大宮家に必要とされるうちに、幸夫はそのいびつさを見て見ぬ振りしつつ、そこを自分の居場所だと考えるようになる。
その居場所が奪われそうになった瞬間、子ども相手にかつて妻にぶつけていたような嫌味を口走ってしまう幸夫は、とっても子どもじみた態度でみっともないんだけど、切実で、深く身にしみて愛おしく思えた。

守るものがあると弱くなる。
私はそう思っているし、たぶん主人公もそう思っているような気がする。
それでも、主人公が最後に辿り着いた結論には、弱くなることを補ってあまりある何かを手に入れた確信があった。

使い古されたノート、一人で洗濯物をたたんでいる瞬間の、テレビの音。だんだんと登れるようになっていく坂道。
見た後も、積み重ねた幾つもの光景が甦ってくる映画だったし、映画を見終わった今も、幾つものシーンを思い出して涙ぐむことがある。
幸夫が、亡くした人のことを大切に思っていたのかという点について、私は「いいえ」だと思う。大宮家についてもあの家に通っているくらいがちょうどよく、もしあそこに住んでいたのだとしたらうまくいかない人なんじゃないかとも思う。人はそう簡単には変われない。
ただ、今の自分だったら大切にできたとは思っているのだろう。
そう思えるまでの、永いリハビリのような物語だった。
素晴らしかったです。

まだ小説版を読んでいないのだけど、読んだあとに答え合わせをしたいので、先に感想を書いておく。