昔話/大雪の日

耳の奥が痛いほど静かだった。起き上がりカーテンをあけ、曇ったガラス窓をこすると、あたり一面の雪で、いつのまに、とうれしくなる気持ちと*1、今日の待ち合わせはどうするんだろーと不安になる気持ちと、半々でストーブをつけ、自分の PHS を、見る。
もうずいぶん昔の、十代の頃の話だ。その数日前につきあうことになった人と、はじめてデート(げふげふ)するっていうんで、調布にある映画館で待ち合わせしてた。でも相手は携帯電話持ってなくて、家電にはたしかまだかけたことなくて、でもいまかけたら家の人でるかもなーとか起こしちゃうなーとか、迷いながら、でも私は PHS 持ってるからいいか、って家を出た。
あたりはしんとしていて、積もりたての雪は、音を吸い込んで膨らんだんじゃないかって思うくらいふんわりとしていた。生け垣に積もった雪を落としたり、雪玉投げたり、足跡つけにいったり、まあするよねってことを一通りしながら、ふらふらとバス停に向かって歩く。あの朝、わたしはたぶんうかれてたんだと思う。
バスは迷わず一番後ろの席に座る。一番後ろは安心だ。なぜなら、どんな顔してても、誰にも見られないから。なんてひとり言い訳をしながら、白く覆われた町並みを眺める頭はとっくに、まだ見ぬ映画館の前で手をふることを考えていて、
ふと気付くとバスの乗客は私だけだった。
不意に心細くなり、足下にとけた水たまりを、つま先でのばしてみたりしながら、車輪にチェーンが巻かれていることに、今さらながら気付く。そして、今日がやがて終わってしまうことを思い出し、一目散に後ずさりしたくなった。
そんな風に、あの頃は今が終わってしまうことがこわくて仕方なかったんだけど、
やがてバスはゆっくりと旋回し、大きく身震いした後に、停止した。その仕草につられるように、私も深呼吸して、立ち上がる。到着は待ち合わせより、一時間以上前ってのが、また、今思うとおかしいくらいの真面目さだったけど、その後どんな風にして彼とあったのかとか、映画の内容とか、もうさっぱり覚えていない。
ただ、バスを降りる時に、運転手さんが「いってらっしゃい」と声をかけてくれた、そのことに背を押されたような気分になったのは覚えていて、
今朝、アンテナからある日記を読み、三度読み、三度ともなみだぐんだその気持ちは、あのときのそれと似ていた。
これまで、わりと長い時間を過ごしてきて、その中には、ここでとまればいいのになあ、とか、もうやだなあ、とか、思うときは何度もあった。そんでももう少し先をと思って過ごしてこれたのは、そんな偶然のようなひとこえに、支えられていたりもする。
そうやってなんだかんだやってきて、もう二度とはこない今を、続けていきたいなー、と、いかなくちゃ、と、思うようになった。この今の気分を、私は全力で肯定したい。そんなことを、この年始に考えたりしています。

どっとはらい

*1:雪が珍しい地域なので…