概念と物理のバッティングセンター

もう何年も前から「バッティングセンター」に憧れていた。
球漫画でよく見る、バットがボールの芯を捉える瞬間。ボールがぐにゃりと曲がり、時には回転をしながらバットに弾き返されホームランとなって場外へ消えていく。
時折その瞬間を思い描いては、もしその手ごたえを感じることができたらどんなに気持ち良いだろうと憧れ、いつしか鬱屈した気持ちのときには「バッティングセンター行きたい」と唱えるのが習慣になっていた。

憧れのソースが漫画しかないことからもわかるように、私は野球をやったことがなければ野球を生で観戦したこともない。
ただ、大学生の頃よく友人と集まっていたファミレスの向かいにバッティングセンターがあって、友人の車を待ちながら駐車場をぶらぶらと歩いているときなどに、ライトアップされた緑のネットの中から小気味良い音が聞こえてくるのを聞いていたくらいである。

だから私の中のバッティングセンターはずっと概念だった。
もやもやした気持ちやストレスを小さな球に見立てて、出来るだけ遠くへ弾き飛ばす。
そうやって気分転換ができればいいなという気持ちが、私にとっての「バッティングセンター行きたい」だった。

しかし今年になって、よくバッティングセンターに行くという友人に誘われ、本物のバッティングセンターに行く機会があった。
正直にいえば私は運動がとても苦手だ。逆上がりもできないしボーリングの球は背後に飛ばすしキックボードに乗ろうとして足をとられて転んだこともある。だから本物のバッティングセンターに行ったら、球が当たって死ぬのではないか位は想像していた。

でもまあ、結果的には死ななかった。
ただ、バットがボールの芯を捉えるなんてことは夢のまた夢なのもわかった。
一番遅い球に設定してもらっても、球は剛速球に感じる。
遠くにあるときは見えているのに、手元までくると見えない。この感じ漫画で読んだことがある!と思ったが、それはまた違う効果の話だろう。
それでもバットを構えれば、たまに球がバットに当たった。あくまでも球の方から当たりに来てくれる感じだが、当たりは当たりである。
ただ、これがめちゃくちゃ重い。速い球は重い。これも漫画で読んだことがあるが、私が当てたのはあくまでも最も遅い設定の球である。

つまり、物理としてのバッティングセンターは、初心者のストレスを解消してくれるようなものではなかった。
それでも、たまに「当てようとして当たった」感があると楽しいのも確かで、
ストレスというのはそうやって、ある程度苦労した末に得られた何かによって解消されるものなのではないか、と思いながら、今日は五徳を磨いている。

まだバント的なポーズでしか球を当てたことがないので、いつか物理のバッティングセンターで、ストレス解消ができるくらいになりたいものだなと思っています。
ちなみに五徳は初心者が磨いてもきれいになるので、ストレス解消法としてオススメです。

全員主役映画/「HiGH&LOW」と「スーサイド・スクワッド」

物語よりも、キャラクターが残る「キャラ先行型映画」というのが最近の流行なのかなと漠然と思うことがあり、それを特に強く感じたのが「スーサイド・スクワッド」を見たときに「HiGH&LOW」みたいだなと思った瞬間だった。
どちらも映画の冒頭にキャラクター紹介があり、各キャラクターの回想シーンを織り交ぜながらお話が進む、という点でそう感じたのだと思う。

とはいえ「スーサイド・スクワッド」で最終的に残るキャラクターはたぶんそう多くない。ハーレイ・クインが魅力的なことについては、あの映画を見た人の多くが同意するのではないかと思うけれど、正直それ以外のキャラクターについてはジョーカー以外それほど…というのが個人的な感想でした。
けれど、ハーレイとジョーカーのそれまでやこれからという余白を想像する楽しさは映画を見た後も続いていて、それがつまり「キャラ先行型映画」ということなのではないかと思った。

自分が「HiGH&LOW」を見たのは完全にインターネットで↑の暁生カー*1の画像を見たからなのだけど、正直LDHという言葉も知らず、EXILEといえばマキダイがいたこととネスミスくらいしか知らない状態で見に行った(しかもその2人とも出ていない)ので、最初はどの人が重要人物かよくわからず、戸惑いしかなかった。
でも、チームが提示され、その中の人間関係が窺える程度に説明され、その全てに関係性という物語の匂いがする、というだけで俄然楽しくなってしまった。

私の推しチームはなんといっても鬼邪高校なんですけど、鬼邪高校だけにスポットが当たっているシーンなんてほんのわずかなんですよ。
でも「俺らは3年だからさ、あいつらに迷惑かけらんねえ」みたいなこと言いながら徒歩で討ち入りに向かおうとしている先輩を、トラックで追いかけてくる後輩、っていう図だけでもう、そこまでに至るストーリーを想像してぐっときてしまう。特に繰り返されるでこピンシークエンスなんて、物語しか感じないですよ…!(ドラマがあることを知ったのは映画を見た後でした)
さらに「HiGH&LOW」の場合は、「主役」として見れるキャラクターがとても多い。描かれるキャラクターの多くが主人公だし、誰を主人公としてみるかは観客次第という、まさに「キャラ先行型映画」であったように思う。

「HiGH&LOW」は、AKB48における「マジすか学園」の拡大版ともいえる作品だと思うのだけど、つまり、推しメンを主役に物語を見るファン目線で作られている物語だからこそ、主役になり得るキャラクターが多く配置されているんじゃないかと思います。これは「マーベル・シネマティック・ユニバース」に対応する「DCエクステンデッド・ユニバース」の悪役版として作られた「スーサイド・スクワッド」にもいえることで、つまり、推しキャラの背景を(知った状態でも知らない状態でも)脳内で補完しながら見るのがもっとも楽しい見方なのかもしれません。

とはいえ、それは一つの物語として成立しているのか、というと難しいところもある。ただ、提示された余白を楽しむという形の娯楽は確かに流行っているし*2、その流れが今後どのように進化していくのか楽しみでもあります。


「HiGH&LOW」については、スマートとは言いにくい構成にもかかわらず、めちゃくちゃ豪華な画作り&アクションで見せる圧倒的力技感も新鮮でした。
THE RED RAINも見に行きます!
www.youtube.com

*1:少女革命ウテナで鳳暁生編に登場する有名なシーン

*2:艦これ、刀剣などはその代表だと思う

BABYMETAL@東京ドーム20160919

3連休に友人と旅行に行ってきました。
その旅行もとても楽しかったんだけどそれはまた改めて書くとして、その旅行中に「19日(東京に帰る日)の夜のBABYMETALのライブのチケットが1枚余っていて」ときいて、思わず「誰も見つからなかったら行きたい!」と言って、連れていってもらいました。東京ドーム。
完全に予習不足な状態で、初めて見るのがワールドツアーの最終公演、って気後れする部分もあったのだけど、結局、完全に圧倒されてしまいました。すごい。しばらくそれしか言えなかった。

私がメタルに興味を持ったのは2006年のサマソニメタリカを見たのがきっかけでした。長らくCD屋で働いてたくせに聴いたことなかったの? と当時の同僚にあきれられたりもしたけれど、ほんとにそれが初聴きくらいで、その猛烈なかっこよさに、なんとなく近寄らずにいたジャンルへの扉が開いたような気持ちになったのをよく覚えています。
その後、LOUD PARKに誘ってもらったり、一人でメタリカの来日に行ったり、メタル関連のドキュメンタリー映画を見に行ったりしていたのですが、まあ色々あってアイドルにはまり、そちらが忙しくなってあまり掘り下げられずにいたわけです。

ベビメタを知ったのはたぶん2011年頃、さくら学院に「重音部」が発足し、「イジメ、ダメ、ゼッタイ」が演奏され始めた頃のことだったと思う。
アイドルとメタルの組み合わせはとても新鮮で魅力的に感じたし、メンバーもかわいくて興味を惹かれたのだけど、でも当時はほんと色々手一杯でネットで動画を見るくらいしかしていなかった。

その後、LOUD PARKへの出演がアナウンスされてからの諸々やそれを成功させ、海外へと進出していく様子はネットなどで目に入っていて、いつかライブを見てみたい、なんてぼんやり思っているうちに、あっという間に簡単にチケットが手に入るような存在ではなくなってしまった、という印象でした。そのかけあがり方は、少しPerfumeを見ていたときににていると思う。

前置きが長くなったけれど、つまり何が言いたいかというと、メタル(特にスラッシュメタル)に興味があり、女性アイドルが好きな自分にとって、BABYMETALは好きなものと好きなものの融合であって、それはやっぱり最高だった、ということです。

とにかく1曲目で盛り上がりが最高潮に達するパフォーマンスの完成度に驚く。
噂にはきいていたけれど、神バンドの演奏はひたすらかっこよくて、3人はめちゃくちゃかわいい。
というかアイドルとしてこの3人ってすばらしいバランスですよね!?
センターの長女がポニーテールでサイドの2人はツインテールっていうのもいいし、身長のバランスも完璧。SU-METALの「かっこよさ」とYUIMETAL&MOAMETLの「かわいさ」の対比もぐっとくる。
3人とも踊りまくるのに声は力強く、ダンスはキレッキレ…。指先、足先まで揃っているのに個性がある。
「ありがたい」という言葉そのものの意味で、このパフォーマンスを見れていることのかけがえのなさに胸がいっぱいになりました。

アイドルのジレンマとして、芸を磨いていくことが必ずしも人気があがることに繋がるわけではない、ということがあると思いますが、この3人については既にアイドルの領域で競うというよりも、三位一体のアーティストなのだなと思います。
これは本当に、プロデューサーの手腕と、楽曲と演奏のクオリティと、それにパフォーマンスで応えることができる3人がうまく噛み合った奇跡的なことなのだと感じました。
だからこそこの3人のモチベーションはどのようなことなのかということは気になったりもしました。

中盤にあった、SU-METALのソロも素晴らしかった。
昔見た映画*1で、ブルース・ディッキンソンが「会場の一番奥にいるファンにまで届くように歌う」「ライブがうまくいくと、会場が縮むような気がする」というようなことを語っていたのがとても印象に残っているんですが、SU-METALの歌声はまさしく会場の隅々にまで届く声だったと思うし、その声が響くのに東京ドームが「広すぎる」ということはまったくないと感じた。

YUIMETAL&MOAMETLの2人曲もひたすら楽しくてかわいくて、知らない曲でも思い切り楽しんでしまった。2人の曲は特に自分が好きだった絶望少女達を思い出したりもしました。

それにしても、こんな完成度の高いライブを行うことのできるグループがまだ2枚しかアルバムを出していないなんて信じられないけど、レコーディングよりもライブを優先してきたからこその現在なのだなとも思う。噂通り、本当に外国からのお客さんが多いことも印象に残りました。海外から遠征してくるファンが多い日本のバンド…ってなかなかいないですよね。
よくわからないですが、私もどんどん遠征していこう!という気持ちになりました。好きなものを追いかけるのって楽しいですよね。

既に、なにかひとつのジャンルに当てはめて語ることが難しい存在になっているBABYMETALが、ここからどこを目指していくのか、とても楽しみです
いやーほんと見れてよかった!!

君の名は。


新海誠監督の作品を初めて見たのはデビュー作の「ほしのこえ」で、確か先に制作にまつわるインタビューを見てからだったので、これを1人で作れるのかということに驚きながら見たという印象の方が強い。個人的にはその後、佐原ミズさんによって漫画化されたものがとても好きで、その後の監督の作品を熱心に追いかけていたわけではありませんでした。(ほしのこえ、のほかに長編は秒速しか見ていません)
今回は新海誠監督の新作で神木隆之介さんが声をやると聞いて、声優としての神木君が好きなこともあり楽しみにしていたのですが、こんな大ヒットになるとは想像もしていなくてちょっと驚いています。
ただ、

僕の名前を知らない人にも見てもらえる作品にしなければという気持ちが強くて。それもあって割と躊躇なく過去作で使っているモチーフとかシチュエーションも入れていきました。自分が一番得意なシチュエーションや語り口というのがあるので、それは全力で使おうと。僕のことを知らない人であれば、僕が10年前にやったことであっても今見たらフレッシュに見てもらえるんだろうと思いましたね。
映画『君の名は。』新海誠監督インタビュー! | アニメイトタイムズ

このように意識して、本当に監督の名前を知らない人にも届いている、というのはすごいことだなと思います。

公開してすぐ、TwitterのTLで、監督の作品を追いかけている人、そうじゃない人、両方から絶賛の感想が流れてきて、これは早く見に行かないと!と思い公開1週間後くらいに見に行きました。
事前情報はRADWIMPSの音楽が使われているということと、「転校生」のような入れ替わりものであるということのみ。

《以下ネタばれです。》
個人的に一番違和感を感じたのはOPでした。
メインテーマに合わせて、主人公2人の様子が次々に出てくる様子は文句なく気持ちが高揚する、もののはずなんだけど、物語の結末として重要な部分であるはずのことがここで明らかになってしまう。1クールもののアニメの終盤でOP曲代わるときの映像みたいな感じ。
ああ、ここにたどり着くまでのお話なんだな、と思ってしまって実際そのとおりなことに、ちょっと物語に入りこむ勢いをそがれてしまった気がしました。

それでも、前半のテンポよく描かれる「入れ替わり」シーンは楽しかった。
直接会うことがなくても、文字データをやりとりすること、状況を共有することで気持ちの距離が縮まっていく様子は、インターネットが当たり前にある今っぽいなと思いました。
これがインターネット以前だったら、会うことをもっと優先するような気がする。
それから、入れ替わったということが声の演技とキャラクターの動きだけではっきりとわかるのもうまいなと思った。

それから何よりもぐっときたのが東京の風景です。
自分が生活している場所と地続きにあることを想像できるような細かな背景は見ていて嬉しかった。
下の画像のメインビジュアルなんて、一時期毎週通っていた階段で、その頃のことを思い出したりもした。

と、いろいろ好きな箇所もあったのですが、全体的な印象は自分にはしっくりこなかったという感じで、その理由として大きいのはたぶん、歌詞のある音楽がたくさんかかるというところだったと思う。
これは監督自身も、音楽がかかる場面を物語のピークに持ってくるように制作した、音楽に合わせてシーンの長さも変えていった、と語っていることからも、今受ける映像の作り方なのだろうと思います。正直、ここに違和感を感じてしまったのは自分の老いなんだろうな~と思いました。
個人的には、見終わったあとに口ずさんでしまうような印象的な1曲を持って帰りたかった、という気持ちがあって、そうなる勢いがあるのはたぶんOPの曲なんだけど、ラストにかかるのはそれではない(いい曲なんだけど)ことに、ここであの曲こないのか!って思ってしまった。

物語の後半にある仕掛けについては、ハレー彗星が近づいた頃(1986年)に作られた作品のことなどを思い出して、彗星なら仕方ない、という気持ちにもなりましたし、新開監督が1986年に当時13歳だったと確認してそういった影響もあるのかなと思いました。
ただ、色々な感想を読んでいるとそこに「震災後」を重ねている人も多く、それはあまり気が進まないなと思っています。
たぶん、自分はまだ震災後をファンタジーと重ねることに抵抗があるんだなと思います。もちろん人それぞれだとは思いますが、運命を回避できるかどうか、というお話に重ねるのはしんどかった。

それから記憶についての扱いは、前半の入れ替わりの時点での忘れ具合と後半の忘れ方との違いをもっとはっきり描いてほしかったなと思いました。

一番好きだった場面は、終盤近くのすれ違う電車の窓越しに目が合うシーン。日々すれ違う大勢の人の中に、自分にとって特別な人がいるかもしれない、という、たぶんそれがこの映画のテーマでもあると思うのですが、その感覚をうまく掬い上げている場面だなと思います。
私はあの瞬間にバーン!と音楽がはじまってほしかった。
という具合に、映像とのリズム感の齟齬が気になりながら見た映画でもありました。
でもこの大ヒットの理由、みたいなことにはすごく興味があるので、見てよかったししばらく考えていたい。

推しの卒業とミュージカル「王家の紋章」

私の推しメンである宮澤佐江ちゃんが舞台「王家の紋章」に出演するというニュースを知ったのは2015年7月14日のことでした。
今や48グループの恒例行事となった第7回選抜総選挙が行われた約ひと月後のことです。
第7回の総選挙前に、佐江ちゃんは自身のTwitterなどで「これが最後の総選挙」という発言をしていました。その言葉の後押しもあり、結果は過去最高順位の8位。
ファンはその結果を喜びつつ、来年の今頃にはいないのだという寂しさを感じていた中での発表でした。
帝国劇場で行われる舞台の、しかもヒロイン役(Wキャスト)という大役で、きっとこの舞台が、卒業後の初仕事になるのだろう、と思いました。

翌2016年の3月に卒業コンサートが行われ、グループ在籍10年目の記念日であった4月1日をもって宮澤佐江ちゃんは48グループを卒業しました。
卒業までの間、握手会などで、別れを惜しむばかりでなく、「王家の紋章」への期待について語ることができるというのはとてもありがたく、嬉しいことでした。卒業しても終わりじゃない。これからの佐江ちゃんも応援できる。だから寂しくない、という気持ち。

そして迎えた2016年8月「王家の紋章」です。
私が帝国劇場に行ったのは、なんとまだ学生の頃に親と一緒に「レ・ミゼラブル」を見に行って以来のことでした。
……ということからもわかるように、私はあまりミュージカルを見たことがありません。
舞台自体、年に5作品見るかみないか程度。
今回のキャストの方も、ニュースで見た当時はキャロル役(佐江ちゃんとWキャスト)の新妻さん、そしてイズミル役(Wキャスト)の1人である宮野さんしか知りませんでした。

その程度のリテラシーなので、比較対象として思い浮かべられる舞台がほぼないのですが、そんな私から見た、舞台「王家の紋章」は突っ込み所もありつつ、とても楽しめた舞台でした。

王家の紋章」は1977年に連載がスタートし、なんと現在も連載中、という超長寿作品です。
物語は、主人公であるキャロルが、古代エジプト時代にタイムスリップしてしまうというところから始まるのですが、未だ連載中ということからもわかるように、タイムスリップについては未だに解決していません。
なので舞台版でもその部分の解決はありませんし、それでいて原作の4巻目くらいまでの出来事を比較的忠実に描いているせいで、脚本のテンポが悪いなと思うところもありました。
特に、一度現代に戻ってから再び古代に戻る、という部分は、なぜタイムスリップ現象が起こるのかはっきりしないため、冒頭のタイムスリップシーンに比べるとあっさり行き来できているように見えてしまい、だとするとあそこまで歴史に干渉しているキャロルの存在は…? などなど気になるところは多々あります。

それでも初めて見た日(8月7日のマチネ)の私は佐江ちゃんのファーストシーンでもう泣いてましたよね…。

初めて「ミュージカル」に出演した佐江ちゃんを見たのは2011年の「ダブルヒロイン」でのこと。準備する時間がまったくないうえに体調不良という最悪のコンディションでの公演だったため、その後も本人はあまり語りたがらず、舞台にでるときはしっかり稽古の時間をとりたいと発言するようになったきっかけであった舞台だと思います。
当時の佐江ちゃんはけして、歌がうまくはなかった。佐江ちゃんといえば「ダンス」であり、歌も下手、というほどではないけれども、鼻にかかる声は音域が狭いイメージもありました。
けれどその後、地球ゴージャス「クザリアーナの翼」コルリ役、「AKB49」浦山実役(主演)と舞台の経験を積むごとに、佐江ちゃんはファンの期待を上回るものを見せてくれました。
特に「AKB49」は私がAKBファンであった間で最も感動したコンテンツのひとつとなりました。

帝国劇場でヒロイン役、という大役がきたのは、ファンとして嬉しくもあり、同時に本人は相当なプレッシャーだろうなと感じるキャスィングでした。それでも、それまでの佐江ちゃんを見ていたからこそ、きっと大丈夫、という思いもあったのです。

歌い出しを聞いた瞬間に泣けてきたのは、やっぱり佐江ちゃんだ、という思いがあったからだった気がします。
緊張の色を感じさせつつも、堂々と歌い上げるその声はほんの数ヶ月前の卒業コンサートと比べてもまるで違う、ミュージカルのために鍛えた歌声になっていました。
もちろん他キャストのかたがたに比べればまだまだだとは思います。
それでも今回の役の「現代からタイムスリップしてきたちょっと勝気な女の子」という役柄に、その異物感はちょうどよくなじんでいた気がしました。
なによりアイドル時代はボーイッシュ担当で「AKB49」では男性役を演じていた佐江ちゃんがお姫様になっていることにも感動してしまった。細!かわいい!でもキリッとするとボーイッシュさでてる!でもそのギャップがかわいい!という感じで忙しかった。

ハラハラするようなことは全くなく*1、なので集中して舞台を楽しむことができた私が、連れと幕間で叫んだのは「メンフィスかっこいい!!」であり、終演後に叫んだのは「ルカかっこいい!!!」でした。
メンフィスというのは古代エジプトのファラオなので、非常に傲慢なキャラクターです。そんなメンフィスが、イレギュラーであるキャロルに振り回され、恋をして、それでも「私の傍にいろ!」と命令しかできないもどかしさ、だだっ子感にはたいへんときめきました。身近にいたら嫌だけどそういうキャラクターにときめけるのはフィクションの楽しさですよね。
そしてルカを演じてらした矢田悠祐さんはお顔も立ち姿も大変に美しく、特に終盤の、壁際で盗み聞きをしているシーンの姿勢が最高にかっこよかった。二重スパイの役柄なので常にポーカーフェイスなのも素敵でしたね…。
メンフィスとキャロルを巡るライバルであるイズミルは(見に行った回すべて宮野さんの回でした)原作とイメージが少し違いましたが、メンフィスと対照的な雄雄しさがありかっこよかった。宮野さんは声量がすごいですね!
しかし何より圧巻だったのは、原作ではヒールに近い、アイシスの存在でした。
弟のメンフィス向ける切ない恋心がすれ違っていう様が非常にもどかしく、そこで歌われる曲のすばらしさもあいまって、むしろもうひとりのヒロインとして描かれていたように感じました。
ただ、キャロルのタイムスリップの原因でもあるという設定は残されているため、邪魔な存在を自ら招いたという矛盾を解決せずに終わるというところは少々消化不良な気もします。
全体的に弟大好きな姉と妹大好きな兄の圧力(2人とも歌が大変うまい)で押し切られた感はありました。

そんなわけでいろいろ思うところがないわけではないけれど、推しの出演作としても、少女漫画原作の舞台としても個人的にはとても楽しめた。
正直、推し目線を排除しては語れないのでなかなか感想を書きづらかったのですが、それでもやはり楽しかった、という気持ちはしっかりあるので書き残しておきたいと思いました。

王家の紋章」はめでたいことに来年に同じキャストで再演が決まっているので、次に見るときにどんな風に変わっているのか、今からとても楽しみです。次はもう一人のキャロルとイズミルのキャストでも見てみたいなと思います!


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*1:何様だという感じですがほんと孫の活躍を見守るような気分なんですよ……