迷子

幼い頃、一年だけイギリスにすんでいたことがあって、その頃の写真をみるといつも真っ赤なフード付きのジャケットをきた丸い顔の私が不安げな顔でこちらを見ている。
それはカメラを構えている父親、ないし母親が、そのままどこかにいってしまわないかという不安だった。というのも、イギリスに暮らしている間、私は三度も迷子になり、そのうち一回は寝ている間の置き去りだったため、すっかり疑り深くなってしまったのだった。
最も印象に残っているのは、町外れにあった朝市でのことだ。まだ眠かった私は、母親に手をひかれ、半分うとうとしていたような気がする。歩きながら眠るのが、私の特技だった。そしてふと気付くと、握っていたはずの母親の手を見失っていた。視界は見知らぬ人のお尻で占められ何も見えず、聞き取れる言葉もなく、いまにも足裏にでこぼこしている石畳がぱっくりと割れ、地下に引きずりこまれるような気がした。それはもともと母親と散歩しているときの「遊び」の設定だったのだけど、一人になったらそれが本当になるような気がして、足がすくんで動けなくなった。あのぞっとするようなかなしさは今も忘れられない。
泣きじゃくるしかなす術のない私を助けてくれたのは、白衣をきたチーズ屋のお兄さんだった。言葉は通じないけれど、たぶん英語で呼びかけてくれたのだろう。日本人なんてめずらしい町だったし、市場自体それほど広くなかったからか、すぐに母親は見つかった。
しかし母親は何を思ったのか、私を見つけて大笑いした。その態度に、私はすっかり裏切られたような気持ちになって、チーズ屋のお兄さんの手を離すもんかと思った。あの、分厚くて白くて金色の毛が生えている手は、まるで神様みたいに頼りがいがあった。

その時の私の顔は、たぶんこんな感じだったと思います。
http://d.hatena.ne.jp/./heimin/20070908/p1
アルパカ。