「メッセージ」

監督:ドゥニ・ビルヌーブ

テッド・チャンの短編小説『あなたの人生の物語』の映画化作品。
とても楽しみにしていて見に行ったのですが、本当に、とても好きな映画でした。

原作は以前読んでいたのですけどほとんど忘れている*1状態で見に行ったのですが、これもよかったと思います。
見終えた後に原作を読み直してみたのですが、核となる部分はもちろん共通しているものの、物語的な装飾をその核を損なわないよう、よくぞあの脚本に仕上げたなと感じました。
丁寧に読み、噛み砕いた上で語りなおすこの脚本のあり方も、メッセージのテーマに通じるところがあると思う。

映画版のあらすじは、ある日世界各地に「船」が現れ、人類は警戒しつつも、知的生命体《ヘプタポッド》との対話を試みる…というもの。主人公の女性言語学者の視点で描かれるというのは原作と共通しています。
まず、この知的生命体との対話、というテーマが面白かった。
いきなり全体を伝えようとするのではなく、言葉の成り立ちを理解するためにヒントを積み上げていく過程や、表意文字表音文字についてのお話とかも面白くて、もう少し勉強してみたいなと思いました。
同じ言語についてのSFとして、まず思い出すのがジェイムズ・ティプトリー・Jrの『衝突』だったのですが、理解のためにまず信頼を表現するという行動についても共通するものを感じました。

しかしこの『メッセージ』は言語SFだけじゃないんですよね。
ここを忘れていたおかげで、映画を見ている間にもしかしてを感じ続けることができたし、自分にとって特別な映画になったなと思います。

どこか記憶の中にいるような、透明感のある映像もとても美しくて、映画館でみてよかったなと思いました。あと、役者さんの演技が、見てる側へそのままを伝えるような抑制的なものであったのも、物語にとても合っていたし「仕組み」として機能していたなと思います。

あなたの人生の物語

あなたの人生の物語


【ここから先はねたばれになります】

原作も映画も、主人公の現在と、どうやら既に亡くなってしまった子どもと過ごしている時間を交互に行き来するように描かれる。
現在と平行して描かれるものは、通常「過去」として理解されると思うのだけど、映画では物語の序盤に「時間が流れていないとしたら」という台詞があって、これがヒントになってずっと「もしかしたら」と思っていた。
もしかしたら、と思っていたのは、これは「琥珀」のお話なのではないかということ。
カート・ヴォネガットスローターハウス5』にでてくるトラルファマドール星人は、すべてのわれわれは「瞬間という琥珀に閉じ込められている」と話していた。例えば死は「あらかじめ決まっている事」であり、避ける事はできないけれど、同時に別の時間の中ではその人は生きている。
(実際に原作に収録されている作品覚え書きに「この話のテーマをもっとも端的にまとめたものは『スローターハウス5』25周年記念版の自序でカート・ヴォネガットが語っている文章」であると書いてある。/元ネタになった、ということではないと思うけれど)
この「琥珀」が、『メッセージ』における、《ヘプタポッド》の時制がない「表意文字」でもあるのだと思う。
『メッセージ』の主人公は物語の後もこの四次元的世界の中で観測者として生きることになるのだと思うけれど、それでも予め知っていた自分の人生を選択する。

私はループものやタイムリープもののSFが大好きなのですが、好きな理由の最大のポイントが、観測者の孤独と、観測されたことによって世界は存在し得る、といういささかロマンチックな部分にあります。
この物語における《あなたの人生》もまた、主人公の存在によって常にあり続けるのだと私は考えます。


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*1:長谷敏司『あなたのための物語』とごっちゃになってもいた)