Kさんのこと

「わたしに無害なひと」という短編集を読んだ。
いつかを共にして今は遠い、胸のうちに引っかかったままの存在を思い起こさせるような物語が詰まっていて、1話目から引き込まれた。似たような体験をしたわけでもないのに、自分の記憶にも馴染んでいくようで、とても好きな1冊になった。


おすすめです。
というわけで以下は余談ですが、


私がこの本を読みながら思い出していたのは、Kさんのことだった。
高校の、あれは何年生だったのだろうか、ほんの一時期だけ、私たちは仲がよかった。

私は最初からKさんと友だちになりたかった。クラス替え初日、自分の席を探しているときに、窓際の席でカーテンをかぶって眠っているKさんを見て、あの子と友だちになりたい、と思ったのだった。
五十音順の席はかなり離れていて、最初はなかなか話す機会もなかったのだけど、そのうちにKさんは私と比較的仲の良かったBさんと親しくなり、そこに私も混ざるような形で3人で過ごすことが増えた。

Bさんは分け隔てなく親切で、しかもめちゃくちゃ愉快な人だった。些細な連絡事項も、Bさんから聞くと、なんだか楽しい話のような気がしてくる。そんなだから、Bさんの周りにはいつもたくさんの人がいて、
でも3人で遊ぶ時は不思議と3人きりだったような気がする。
Kさんは雪だるまのようなのんびりした雰囲気の人で、人を笑わせるのがうまいところなどはBさんとうまがあうのも納得だった。その頃から卒業後は染色を学ぶ学校に行きたいといっていて、字も綺麗で、いつも笑っており、なんというか、私はそんなKさんに憧れていたのだと思う。


3人で過ごすことが増えた、といっても遊んだのはたぶん2、3回だった。ちゃんと覚えているのは、Bさんの家にいってホラー映画をみたことくらいだ。その日はめちゃくちゃ笑った。Bさんの最寄駅名ですら面白かった。

そして、たぶん夏休みあけのある日、Bさんが「ちょっと相談していい」と私を呼び出した。

「Kさんがね、3人じゃなくて2人で帰りたいって泣いちゃってさ…」

Bさんは、ただひたすら申し訳なさそうな顔をしていた。
そうして私は、私なら大丈夫だよ的なことを言い、もといたグループに戻ったんだと思う。
その放課後の、私たちの座っていた座席の位置とか、光の感じとかはよく覚えているのに、
その後の2人のことはよく覚えていないので、これは高校3年のことだったのかもしれない。2学期からは進路別の選択授業が増えたし、受験が始まってしまえば、クラスメイトの存在感も希薄になった。


Kさんの言葉は、もちろんある程度はショックだった。
けれど私は、Kさんが”Bさんと”仲良くしたいと思っているのをわかっていて、そこに紛れ込んだ自覚もあった。なので、仕方がない、という気持ちのが強かったし、あの穏やかなKさんにそこまで言わせてしまったと言うことが申し訳なくもあった。
私はKさんが授業中にBさんに手紙を回しているのを知っていたし、Bさんから回ってくることはあっても、Kさんから回ってきたことがないことにも気づいていた。それは多分、仲間外れにしようとかそういうことでもなく、

そもそも最初から、Kさんは私には興味がなかったのだ。

1回だけ、Kさんから絵葉書をもらったことがある。
そこになんと書かれていたのかは忘れてしまったけれど、私はそれを長いこと、机の前に貼り続けていた。

随分昔のことなので、Kさんのことで覚えていることは少ない。
けれど初対面の、窓際の席の様子だけは、今でも鮮明に思い出すことができる。
彼女の背中が上下するのに合わせて、クリーム色のカーテンがゆれていた。誰かが声をかけ、眠そうな顔でお礼を言っていた。その日は確かに、確かに眠くなるような陽気で、
私はあの子と、友達になってみたかった。